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Cyberpunk2077 テクノロジーの進化が示した株式会社システム終焉の可能性

※ストーリーに関して致命的なネタバレを含みます。その比率があまりに大きく、該当部分を伏せ字にすると独裁国家で開示請求した公文書のようになってしまうので、そのまま公開することにします。未プレイ、未クリアの方はご留意ください。

 Cyberpunk2077の舞台、ナイトシティは終わってます。
 都市を支配する企業のほとんどは、週の労働時間は少なくて80時間以上。かのカール・マルクスを激怒させた、19世紀イギリスの工場における超長時間にわたる児童労働でさえ、1833年の工場法で週69時間に制限されました(それが厳密に遵守されていたかはともかくとして)。テクノロジーの導入と市民運動で時代とともに逓減していったはずの労働時間は、どこで跳ね上がったのでしょう。

 ナイトシティの郊外には、フィリピンやインドネシアやシリアやスリランカやケニア他、経済発展が遅れている国々で散見されるような、ゴミの山が築かれています。2015年のデータでは貨物輸送量の99.7%を占める船便のコンテナ輸送がCyberpunk2077の世界では停止しており、現代においては上に列挙したような国々にアウトソースされている、労働力とか環境とか自然権といった広義での「富」の収奪が、より狭いエリア内で凄惨な共食いのように行われています。あのゴミの山はその証、都市社会における強者が富を収奪したあとに打ち棄てられた、人の尊厳の亡骸です。
 このように、ナイトシティでは一つの都市内部で凄まじい格差が存在し、上層で抑圧する側の企業は強い憎しみを受けているのですが、下層からの突き上げなどどこ吹く風とばかりに企業間の覇権争いに明け暮れています。
 人のあらゆる欲望も、公共財であるべき医療や治安維持さえも節度なく商品化され、人口が一年で三割近くも減少したというナイトシティは、近未来SFで描かれるディストピアとしては模範的とさえ言えるものでしょう。この都市の姿は、現代を無反省に突き進めた延長線上にある悪夢の未来図です。
 そうした様子が複層的な意味で立体的に、街路を眺めながら移動しているだけで陶酔感を覚えるほどに、Cyberpunk2077の世界は魅力的な景観でそびえています。

 さて、現代世界を一つの都市に凝縮し進化させたようなナイトシティとCyberpunk2077ですが、そこで展開されるのは、最低でも数百万人がプレイすることを発売前から約束されたビッグタイトルのメインストーリーとしては、なかなか奇妙な物語です。すくなくとも私にとっては、良い意味で意外なものでした。
 主人公であるV自身の物語は、序盤に登場するジャッキー・ウェルズという名の、気さくで母親思いでタフで上昇志向……といった性向を持つ、戯画化された「良きアメリカ人」とでも言うべき友人の死で、厳密な意味においては終了します。このどこか象徴的な死の以後は、キアヌ・リーヴス演じるアクの強い反骨のロックスター、ジョニー・シルヴァーハンドとともに歩む、「Vの死出の旅」です。大筋としては、Vという存在そのものの崩壊に抵抗しながらも、ことの発端となったアラサカという巨大企業に飲み込まれていってしまう、どこか悲壮感がつきまとう重苦しい物語が展開してゆきます。
 一方それとは別に、ナイトシティで生活する個性的なキャラクターたちにまつわるサイドストーリーも豊富に用意されています。それらを進めて関係を深めた仲間と協力し合い、アラサカ社が崩壊するほどの痛手を与える終わり方、というのもいくつか用意されており、いわゆるマルチ・エンディングというゲーム展開方式となっています。
 しかしそのいずれにおいても、あれほどVやジョニーを(はじめとした、ほとんどのキャラクターたちを)苦しめた「企業」は消滅することなく、アラサカの失墜によって生まれた権力のエアポケットを競合他社がまたたく間に充当しようとする様子が、エンディング間際にラジオニュースから流れてくる……つまり世界のありようは、Vとジョニーがいかなる偉業を成し遂げていようと、まったく変えられていません。
 その中にあって、おそらく開発側は「もっともよくない結末」として制作したであろう、アラサカの反乱分子ヨリノブの体が支配者であるサブロウの人格を乗せるための容れ物となるエンディングだけが、じつは世界の変容へつながる僅かな希望を秘めています。
 すこし話が逸れますが、「企業」の恐るべき点は、本来は人格を持たない「集団」であるにも関わらず、法人格という「人格」を認められている、という核の不在性にあります。
 その空洞を中心として、ただ資本の増加という欲望のみを原動力とした渦がぐるぐると勢いを増しながら回り続け無限に拡大し、さながらブラックホールのように、生じた向心力に人々が飲み込まれまれてゆきます。仮定された人格が個々人の意思を超えてひたすらに利殖を志向し、より現代的な言い方をするならば、株主利益を追い求め続けます。これが企業、株式会社であり、それに対して私たちは公共性とか人権といった観点から、すなわち私たちが生活してゆくために、規制という形で「法人」に対して「良心」を持つことを指示しています。その「指示」を出せるだけの裏付けとなる力は、生活者の「集団」としての国民国家という暴力装置なのですが、その力関係が企業側に傾いているのがCyberpunk2077の舞台であるナイトシティです。ナイトシティだけでしょうか? 企業と国家のヘゲモニー闘争というのは、SFにさして造詣の深いわけでもない私が知る限りでも90年代から、頻繁に登場している世界設定です。
 話を戻します。その「企業」が前記の(「悪魔」エンディングと呼ばれている)結末においては、サブロウという、(作中でRelicと呼ばれる)テクノロジーによって不死に近い存在となった一個の人格と結びつきます。この一見絶望的な物語の終着点だけが、企業の終焉について幾ばくかの可能性を提示しているのです。
 「企業」とは中心がない限りにおいては、まるで日本製ロールプレイングゲームの最後に待ち構える悪の化身のように「人々に欲望ある限り我は何度でも蘇るのだ」といわんばかりの不滅に近い存在ですが、「個人」はそれと比べれば遥かに脆弱です。どんなに知的に優秀な人物でも十年もイエスマンだけに囲まれていれば容易にその知性は堕落しますし、持ち前の独創性が勤勉さに支えられていたことに気付かないまま自省を忘れて天邪鬼な放言を繰り返すだけの小人物に堕する例なども、私たちの周りに頻々と転がっています。ある個人に紐付けられた人格というのは決して安定的でなく、死などに依らずとも些細なことで崩壊するものです。
 このように「中心がないがゆえに破壊不可能」という意味で強固なシステムであっても、進化したテクノロジーが個人の生を永遠化し、ある個人に権力が永続的に集約されることにより、そこにようやく、終焉の可能性が生まれるわけです。
 反企業のアイコンだったジョニー・シルヴァーハンドがネットの境界ブラックウォールの彼方に去り、Vが当初の目的もジョニーの望みも忘れ、現場の情に流され続けて行き着いた結末がこの「悪魔」エンディングです。こうした、Cyberpunk2077に内在する優れてSF的な批評性が、意図的なものなのか、結果的にそうなったに過ぎないものか、私には判断がつきかねます。また、国民国家の規制を逃れて膨張を続ける帝国主義的企業が、町工場や中小企業のような精神文化に立ち戻る、といった意外なほど牧歌的な話なのかという思いもどこかにあります。しかしあるいは、もしかしたら近い未来「1984」や「華氏451」のような、歴史を予測した作品の一例として、Cyberpunk2077が取り上げられる日が来るかもしれません。

 本来ならこのまま本稿を閉じたいところなのですが、Cyberpunk2077の内容が内容だけに、以下の点に触れないわけにはゆきません。開発主体であるCD PROJEKT RED(以下CDPR)は本作のコンシューマー向けのリリースに当たって、利益確保のために完成度の低さから目を背けて発売を強行するという、まさに企業内部的な理論を優先させて、心待ちにしていた特定層のユーザーたちに強い反感を巻き起こしました。
 こうした事態そのものは、上場して役員報酬がストックオプションで支給されるようになった成長企業に散見される醜態ですが、それが株価の大幅な下落と株主からの集団訴訟にまで発展したのですから、この点についてはかける言葉もありません。
 さすがにことの重大さを認識し、創業者・CEOのマーチン・イウィンスキ氏より公式に謝罪の動画も公開されていますが、とはいえCDPRには、上場廃止していちゲームスタジオとして再出発……などといった、劇的で目に見える変化があったわけではありません(そんなことを求めるのも、さすがに無理筋でしょう)。
 この騒動自体は、作中で口汚く、しかし一貫して企業中心の社会を批判し続けたジョニー・シルヴァーハンドの言葉が、いくらか空虚に響いてしまうような皮肉なものでした。ところがCyberpunk2077の場合、生家のいざこざで作品の内容が損なわれるどころか、結果として産み落とされた瞬間から、優れて批判的に機能しています。
 CDPRの名は今後、クソコーポとして皮肉的な代名詞となるのか、それとも中心のない欲望を適切にハンドルして豊かなゲームを作り続ける、ひとつの規範としてゲーム史に残り続けるのでしょうか。
(2021.8.25追記 地道で継続的なオンラインアップデートにより、ゲーム進行を阻害する無数のバグ群は着実に改善されていっているようです。喜ばしい限り!)

※本稿は2021.2.26にSteamで公開したレビューを加筆修正したものです。

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