見出し画像

ジヴェルニーのモネの庭<後編>(2020年10月)

<前編>からのつづき。

静寂のなかで

ジヴェルニーのモネの家(クロード・モネ財団)は、4月から10月までしかオープンしていない。
ベストシーズンとされているのは6月で、私が訪れた10月上旬は、もう季節はずれといってもよいだろう。

だが、目の前に広がる大きな駐車場に観光バスの姿が一台もなく、止まっているのはわずか数台の自家用車だけなのは、季節が理由なのではない。

感染症が流行したこの年、ジヴェルニーのモネの家は、例年より遅れて夏からオープンした。
また、ツアー客は訪問できず、見学できるのは個人客と、事前に予約した少人数のグループだけだった。

シャトルバスが停車すると、私は運転手にお礼をいって外に出た。
そこは、ヴェルノン=ジヴェルニー駅行きの帰りのバス乗り場でもあった。
あらかじめ調べてはきたが、念のため帰りのバスの出発時刻を確認する。

同じシャトルバスで来た人たちも、モネの家に行くはずだ。
そう思った私は、彼らのあとをついていった。

ところが、案内板がある場所で一行は二手にわかれた。
駐車場に沿って散歩道があるらしく、何人かはまっすぐそちらへ歩いていく。
ほかの人たちは左に曲がり、大通りのほうへ向かった。

左に曲がると、地下通路があった。
この通路を使うと、大通りの反対側に出ることができるらしい。

なるほど、これなら車道を横切らないので安全だ。
私はみなのうしろから、地下通路をゆっくり歩いていった。

画像6

親切なスタッフたち

大通りの反対側に出ると、正面に小さな建物があった。
その建物の前で、小柄な女性がなにやら話をしている。

この付近の道案内をしているようだ。
話の最後に「トイレ」という言葉があったので、私は反応した。
なによりもまず、行きたい場所だったからだ。

目の前の小さな建物がトイレで、女性はそこのスタッフだった。
彼女は個室のドアにかかっている鍵を開けると、「さあさあ」と私を促して、別の個室を掃除しはじめた。

トイレを出るとき、お礼をいいながら入口の小皿にチップを置くと、女性はうれしそうに「ありがとね。よい一日を!」といった。

観光客がほとんどいないいま、彼女が毎日手にすることのできるチップは、いったいいくらになるのだろう。
そんなことを考えながら外に出ると、シャトルバスで一緒だった人たちがモネの家とはまったく違う方向に歩いていくのが見えた。

そちらの方向には、ジヴェルニー印象派美術館がある。
余力があればこの美術館にも寄るつもりだったが、結局今回は行かなかった。
いずれは訪れたいと思っている。

私はひとりでモネの家に向かった。
大通りをしばらく行き、その先の小道を左に曲がると、門の前に警備員が立っていた。
ここが、入口だ。

前編で、空きがあれば現地でも当日券が買えるらしいと書いたが、実際に窓口には客が数人並んでいた。
だが、前売券を購入してきて正解だった。

すでにチケットをもっている私に気づいた男性スタッフが、「さあ、こちらへどうぞ」と、あたたかい笑顔でエスコートしてくれたからだ。

画像6

ほぼ貸し切り状態での見学

「どうぞ」と案内されたのは、庭の入口だった。
モネの家、つまり建物までは、ここからだいぶある。

生い茂った草木のあいだを歩きながら、空を見あげた。
昼頃には晴れ間が見える予報だったが、全体的にまだどんよりと曇っている。
それでも、ところどころに青い部分があった。

きちんとした写真はあとで撮ることにして、数枚だけ撮影したあと、急いで建物に向かった。
客があまり来ないうちに、室内を見学したかったからだ。

建物のなかに入ると、女性スタッフがいた。
だが、ほかには誰もいない。
少なくとも、最初の部屋には、客がひとりもいなかった。

スタッフの女性にあいさつをしたあと、室内の写真を撮ってもよいかとたずねたら、フラッシュは不可だが撮影はかまわないという。
そして、そういったあと、私が自由に写真を撮れるよう、部屋の隅に移動してくれた。

ここから先は

3,557字 / 4画像

¥ 200

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?