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禅語を味わう...007:東山水上行

東の山が水の上を行く...

    東山水上行

(とうざんすいじょうこう)

早いもので、五月も半ばとなりました。
今回は、禅僧たちの問答、「禅問答」に由来する言葉を味わいます。

僧問う、如何なるか是れ、諸仏出身の処、
師云わく、東山水上行...(『雲門広録』)

或る修行僧が、雲門禅師に問いかけます、
さまざまな仏たちがそこからやって来る源とはどのようなところなのでしょうか?
雲門禅師は答えます、東の山が水の上を行く...

  山が水の上を進んで行く?

そんなことがあるのか? 誰もが、そう感じ、奇妙に思われることだと思います。
雲門禅師は一体、何を言おうとしているのでしょうか?
この言葉の意味を考える上で大切なのは、先ず初めに、そもそもこうした言葉が出される前の、修行僧の質問をしっかりと考えることです。修行僧は、「諸仏出身の処(しょぶつしゅっしんのところ)」と訊いています。
釈迦如来、阿弥陀如来、大日如来、観音菩薩...
仏様と呼ばれる方々は大勢おられますが、そうした方々はどこからやって来られるのでしょうか? 字義通りに受け止めるならば、この質問はそんな感じのものになるでしょう。
しかし、そもそもこうした仏様というのは、普通に考えるならば、わたしたちが日常出会い、言葉を交わし、一緒に生活をしている人たちのことではありません。
わたしたちと同じ、普通の人間のことであるならば、「出身はどこか」と言えば、それぞれの生まれ故郷を尋ねていることになります。しかし、仏様が相手では、そういうことにはあまり意味はありません。
そしてそもそも、ここでの質問者は、修行僧です。修行僧が師匠に何かを問いかけるときには、修行の上のこと以外にはありません。修行の上でのことというのは、他の誰でもない、自分の修行がどうなのか、ということです。
釈迦如来にしても、弥勒菩薩にしても、凄い人なのかもしれませんが、どこで産まれたかなど、どうでも良いことです。自分の修行に関係ないことなど、問う必要もなく、必要のないことなど尋ねるはずもないのです。
つまりここでの修行僧の問いかけは、修行の上で大切な唯一のこと...「悟り」をめぐる問いかけだということになります。
そうすると、修行僧の質問は、「仏」と呼ばれるような存在は、一体何によって「仏」なのか? どうなることで「仏」になるのか? ということになります。「諸仏出身の処」、仏様方が生まれてくるその根源、大本のところとは、どういうものなのか? 別の角度から言えば、何をもって仏は仏と言えるのか? ということなのです。これならば、修行僧は自分が未だ悟ることができないのは何故か? 自分には何が欠けているのか? どうすれば悟ることができるのか、と問うていることになり、意味が繋がります。

修行僧は、悟りを開くために厳しい修行の暮らしを続けています。つまり修行僧たちは「仏」を目指して修行をしているのです。そして「仏」とは、「悟りを開いた人」のことです。「仏」という言葉のもととなっている「仏陀(ぶっだ)」とは、もともと「目覚めた人」つまり真理に目覚め、悟りを開いた人、という意味です。
悟りを開く前は、だれもが普通一般の人間...これを「凡夫(ぼんぷ)」といいます。どこにでもいる、ありきたりの人間です。俗世の塵に塗れた娑婆世界の中で、迷悟(めいご)凡聖(ぼんしょう)得失(とくしつ)是非(ぜひ)善悪(ぜんあく)邪正(じゃしょう)と、やれ迷っている、いや悟っている、やれ凡だ、いや聖だ、得した、損した、是だ、非だ、善だ、悪だ、邪だ、正だと互いに争い、傷つけあい、泣いたり笑ったり、怒ったり悲しんだりしながら生きています。
この是非善悪の葛藤に雁字搦めになっている自分の姿に気付き、ああだこうだと主張ばかりしているうちは、何を言っても所詮は自分の欲望や執着にとらわれて彷徨っているだけだと理解し、そんな欲望や執着のフィルターを通して世界と自分とを見つめている限りは、どれほど真剣に人生に向き合っても、自縄自縛の苦しみからは逃れることができないのだと悟り、本気でこの呪縛から自分を解き放とうと覚悟するとき、仏教の修行が始まります。
そして自縄自縛のとらわれの正体と仕組みをありありと看て取り、欲望や執着の呪縛を解いてものごとの「ありのまま」を観て、聴いて、手で触れて、受け入れるようになることを、「目覚める」あるいは「悟る」といいます。
悟りとは、わたしたち凡夫が気付き、目覚めることです。
悟りによって何か凄いこと、たとえば超能力や神通力が具わるということではありません。ただ、気が付かないうちにとらわれ、苦しみの種となっている自分自身の欲望や執着の根っこを自分で見届け、その欲望や執着の根っこがどのようにして怒りや憎しみ、嫉妬や憎悪へと膨れ上がって自分を傷つけ、他人を傷つけ、社会を狂わせ、世界に害を及ぼしていくのか、その過程をありありと見通すことです。そして、その構造がわかったならば、そうした仕組みの中にはまり込んでしまわないように自分を見つめ、自分を律しながら生きていくことです。
つまり、仏教の修行というのは、何か凄いことを身につける「足し算」ではなく、自身の中にある苦しみの種とその増幅装置を無効化し、捨て去る「引き算」なのです。夢から覚めるように、自分のとらわれや思い込みから目を覚ますことなのです。

さて、それでは、わたしたちのように、欲望や執着にとらわれた迷いのただ中にある「凡夫」が「仏」になるのは、何によってそうなるのか...凡夫から仏が生み出されてくるその根源とは、何か...
それは、いま見てきたような「悟り」以外にはありません。修行僧の問いかけは、「悟りの世界」とはどのようなものなのでしょうか? ということなのです。
「東山水上行」東の山が水の上を行く...というのは、そこで雲門禅師が、修行僧に対して、この「悟りの世界」の風景を語ったものです。
ここで、では悟りを開くと、山が歩いて水の上を行くように物事が見えるのか? そんな不思議なことを体験できるのか? と思う人がいるかもしれませんが、それは違います。
東だの、山だの、水の上だの、そんなことはすべて一度頭から追い払ってください。
先ほど、迷悟凡聖得失是非善悪邪正と言いましたが、眼の前の山を見て、東だの西だの、高いだの低いだの、正しかろうと間違っていようと、所詮はわたしたち人間が習慣によってああだこうだ約束事としてそう決めて言っているだけです。
大阪には「日本一低い山」として知られる「天保山」があります。標高はたったの4.53メートル...高さも高さですが、そもそも天保山は天保2年に川浚いをした時に出来た人工山です。こんなものを山と呼んで良いのか? 一方、仙台には2011年の東日本大震災で崩れ、削り取られて標高3メートルになった日和山があります。こちらの方が低い...いや、そんな低いものは山とは言えない。山と言えばやはり富士山だ...
こんな遣り取りも、確かにたわいもなく、楽しいことですから、これはこれで良いのですが、スケールこそ違え、所詮はこのような程度の話に執着し、損得はおろか是非善悪までかけて血道を上げるようなことになってはいないか...わたしたちには、今一度、落ち着いて静かに考えるべきことは山ほどあるのではないか。

それでは、眼の前に、山がある。悟りの眼で見るとき、山はどう見えるのか...
道元禅師は、こう言います。

水は東山の脚下に現成せり。このゆゑに、山くもにのり、天をあゆむ。水の頂は山なり、向上直下の行歩、ともに水上なり...(『正法眼蔵』:『山水経』)

眼の前の山の麓から、水は潺(せせらぎ)となって現れ、やがて川となり、大きな流れとしてわたしたちのところまでやってきます。あるいは山の頂から雲となって姿を現し、天を渡ってやって来ます。雨をもたらし、あるいは雷となって天地を震わせ、雪となって大地を白一色に覆います。豊かな恵みの源、清らかな水の流れはこのようにして、あるいは山から下り、あるいは山の頂から昇り、絶えず動いています。そして自分も、この雄大な天地自然の運行の流れのただ中に、この流れの恵みを受けて、同じく流れながら立ち、立っていながら流れていくのです。道元禅師は、この生命の雄大な流れを見つめているのです。
道元禅師は又、こうも言っています、

山の運歩は、人の運歩のごとくなるべきがゆゑに、人間の行歩におなじくみえざればとて、山の運歩をうたがふことなかれ...(同上)

「山が歩く」と言うと、「人が歩くのと同じように歩く様を言うのだ」と誰もが思い、決めつけてしまうから、人間が歩くのと同じようには見えないから「山が運歩する」とわたしが言うのを可笑しい、変だ、などと疑わないでくれ、というのです。
天地の間に、雨が降り、風が吹き、陽が照って、四季が移り変わり...この雄大な世界が動いていく様を表現するのに、わたしたちは自分たちの生きるちっぽけな世界の言葉を使うほかはありません。しかし、そのちっぽけな世界の言葉にとらわれて、わたしたちはちっぽけなものの見方しかできなくなってしまってはいないか?
道元禅師は眼の前の山を見つめながら、そこに天地自然の悠久の営みを見て取ります。そこでは、わたしたちが血眼になってその中で暮らす、迷悟凡聖得失是非善悪邪正の世界など、問題にはなりません。ちっぽけなこの自分の生命を支えるこの一呼吸一呼吸、心臓の脈動の一つ一つですら、そのまま天地自然の絶えることなき大きな流れの一つなのです。道元禅師はその流れを、芙蓉道楷(ふようどうかい)禅師(1143~1118年)の言葉を借りて「青山常運歩(せいざんじょううんぽ)」と呼んでいます。
「青山常運歩」、青山が常に歩を進める...眼前の青々とした山は、一見、どっしりと動かないように見えるけれど、実は常に動き、変わり続けている。
日に日に青さを増し、滴る翠となり、次第に枯れて赤や黄色、黄金色の紅葉に変わり、やがて葉を落として茶褐色に色褪せ、純白の雪に覆われていく...世界全体は、大いなる「時」の中で常に動いているのです。「常運歩」しているのは青山だけではありません。すべてのものが「時」の中で時々刻々動いていく、そしてわたしたちはそれを「無常」と呼ぶ。
道元禅師にとっては、雲門禅師の「東山水上行」はこうした「青山常運歩」、天地自然の大きな流れを言っているにほかなりません。迷悟凡聖得失是非善悪邪正と、わたしたち人間が自分たちの都合で決めつけている世界の有り様を捨て去って、世界を動かしている大きな流れに目を転ずるとき、「常運歩」が見えるか? 「東山水上行」が見えるか? 見えないならば、それは所詮はわたしたちの、自縄自縛の書き割りのような世界を見ているだけのことなのだ、というのです。
道元禅師は言います、

しるべし、この東山水上行は佛の骨髓なり...(同上)

「東山水上行」と言うも良い、「青山常運歩」と言うも良い、山だの川だの、犬だの猫だの、勝っただの負けただの、損しただの得しただの、そんなことはすべて抛って、常に動いて止まぬものを見届けよ、自分の生命が時々刻々移りゆく無常の様を見届けよ、そのように移りゆくもの、運歩するものを見届けることが、悟りの真髄だ。目覚め、悟りを開いた者の「骨髄」だ、内奥にある一番肝心なものだ、というのです。

さて、最後に、この「東山水上行」は前回の禅語「薫風南より来たる...」と深い関係にあるのです。前回の「薫風...」に引き続いて今回「東山水上行」を採り上げたのには、わけがあるのです。
或る時、『碧巌録』で有名な圜悟克勤(えんごこくごん)禅師(1063~1135年)は説法壇に上がり、修行僧たちに向けて、雲門禅師のこの『東山水上行』の公案を採り上げて説法をしたといいます。そしてその中で、自分だったら、修行僧の問いかけに対して、雲門禅師のように「東山水上行」と言う代わりに「薫風南より来たる」と答えよう、と語ったというのです。
弟子であった大慧宋杲禅師はその時、その場に居合わせて、圓悟禅師のこの言葉を聴いて大悟徹底した、というのです。大慧禅師は一体、何を聴き取り、何に気付いたのか...
水は雲となり、自在に天を駆け、あるいは川となって滔々と流れる...
風は一陣のそよ風となって、この侘び住まいを訪れ、汗ばんだ頬を撫でる...
看よ、看よ、天地の間、常運歩ならざるものが何処にあろうか。
そして、あなたは、どうか? 常運歩しておるかな? 時々刻々、無常を生きておるか?

まあまあ、ぎゅうぎゅうと追い詰めるのも良いが、それじゃ、せっかくの心地よい風が台無しじゃ。野暮はよせよせ、ああ、気持ちの良い風じゃ...

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