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龍神考(7) ー龍のうなじと腹ー

中国の龍の形象に抱く「違和感」

 古代中国で編纂された『淮南子』という書物の中で、九種の動物に似るとされた龍の形象、「九似」のうち頭=ラクダと目=鬼(人間)について次のように考えてきました:
・頭=ラクダ→一度に大量の水や塩水を飲み、水なしで数日間耐える→水神を連想
・目=鬼=人→柊の棘や豆で目(人間の最大の特徴たる脳の一部)の被害を恐れる

 今回は龍のうなじ=ヘビと腹=蜃(みずち)について考えてみましょう。
 日本人が普通イメージする龍に姿が最も近い実在の動物は蛇でしょう。龍の首〜胴体〜尾にかけての部分は背中側が鱗状、腹側が蛇腹状で、背鰭と脚を除くとヘビそのものという感じです。画家や書道家の中には、背鰭や脚を省き、頭部以外のほぼすべてがヘビを連想させるような描き方をする人たちも少なくありませんし、それを見る側も自然に受け入れています。
 これは龍の形象が日本に伝わる遥か昔から日本にあったヘビを水神とみなす信仰が、現代の私たちの中にも息づいていることの証左でもあるでしょう。

仲哀天皇に武内宿禰が献上した「不老水」が湧く香椎宮(福岡市東区香椎)の近くで筆者撮影。


 ですので、古代中国で想像された龍の身体部位のうちヘビに対応するのがうなじだけ、と見聞きした日本人は違和感を覚えるのではないでしょうか?
 また龍の腹も日本では蛇腹状に描かれるのが普通ですが、「九似」によると、龍の腹はヘビではなく「蜃」と記され、その「蜃」には大きなハマグリとする有力説がある点にも驚くのではないでしょうか?

「蜃」は日本で「みずち」と読まれましたが、元の字が「蜃」ではなく、「蛟」であったなら、『淮南子』が魚類の祖とする蛟龍や日本の神話・伝説上の水神を連想させ、「九似」の考え方ももっと自然に受け入れられたかもしれません。

龍の腹の「蜃」とは?

 それでもなぜ龍の腹は「蜃」でなければならなかったのでしょうか?
「蜃」には1)龍そのもの、2)大きなハマグリ、の二つの有力説があります。
 1)「龍そのもの」説では「蜃」が龍の腹に対応する理由が今ひとつ不明ですが、しばしば蛇行した状態で描かれる腹は龍の身体で最大の特徴的な部位でもあります。その意味では「蜃」=「龍そのもの」という説は分かります。
 日本における一般的な龍のイメージから最も想像しにくいのは2)「大きなハマグリ」説でしょう。龍の腹がどうしてハマグリなのでしょうか?

 この疑問点の解明に大きなヒントとなるものに、「龍神考(5) ー龍神の形象ー」を読み返していたときに気付きました。具体的には次の部分です。

 改めてウィキペディアで「ラクダ」を調べると、一度に80リットルほどの水や塩分濃度の高い水を飲むことができる一方、数日間も水を飲まずにいられるという特徴が、水神である龍の頭に選ばれた理由の一つでしょうか。

 また横から見たフタコブラクダのシルエットは、四本の脚を持ち、長い胴体が上下に蛇行する龍の姿に似ているようにも見えます。

 ということで、古代中国での龍のイメージは、駱駝の姿と特徴をかなり念頭に置いたもののではないか?という仮説も立てて、今後調べていくことにします。

「龍神考(5) ー龍神の形象ー」

 これを書いていた時は、フタコブラクダの背中が蛇行するようにも見える点が、日本で一般的な身体が蛇行する龍の姿に似ているように思われたのです。

 しかし龍の図像でより多いのは、背中の蛇行が二回より一回のものであることに気づきました。
 そこでヒトコブヒトコブラクダの写真をたくさん見ると、コブの頂点から背中のラインがほぼ左右(ラクダからすれば前後)対称に降下し、そのまま胴体の膨らみのラインを形成しているのが分かります。
 このヒトコブの頂点から胴体の膨らみ全体をなぞる、喩えて言えば、栗の実のようなラインがハマグリの貝殻の形状に似ていることに想到しました。

ブータン王国の国旗に描かれた龍神像は背中の蛇行が一回だけ。
ヒトコブラクダのコブの頂点から胴体の膨らみをなぞるラインがハマグリに似ている。
ヒトコブラクダの胴体に連想されるハマグリ

 ちなみにハマグリの語源は「浜の栗」ということを最近知りました。ハマグリは干潟となる砂浜に生息していますが、ラクダも基本的に砂漠の動物です。
 ハマグリと貝殻の形状が似ているものにアサリがあります。しかしラクダの胴体にアサリが連想されなかったのは、アサリはハマグリに比べて小粒であり、個体別の貝殻の色や模様も多様過ぎて、体色が茶色から白色に近いラクダに重ね合わせるには無理が感じられたのでしょうか?

「蜃」から窺える龍のうなじはヘビ

 以上から考えられるのは、「龍神考(5)」で指摘しました、古代中国における龍の形象はラクダを念頭に置いて形成された可能性です。
 この仮説に立てば、龍の胴体の全体に蛇体をイメージしがちな日本人と違って、古代中国ではヘビに対応する部分が龍のうなじ=首だけでしかなかった理由も少し見えてくるのではないでしょうか?

 もう一度ラクダの写真を見ますと、うなじ=首だけは太いヘビの胴体のようにも感じられます。
 しかしこれは見方を変えれば、ラクダが古代中国の龍のイメージの念頭にあったとしても、わざわざラクダの首だけでもヘビに喩え、外皮を魚の鱗で覆い、胴体に蜃=ハマグリを連想させたことの「不自然さ」が目立ってもきます。

 この新たな疑問点は次回以降に考えていきましょう。

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