『いちじくの木』(山名聡美歌集)を読む②

科捜研の女・靖子を見るためにきょういちにちのわれはありたり
山名聡美『いちじくの木』

『科捜研の女』はテレビの連続ドラマで、毎週木曜日の20時から放送しているようだ。このドラマをちゃんと観たことがなかったので、今週の放送の回を観てみたところ、たしかにヒロイン(榊マリコ)は優秀・冷静・真面目でありながらどこかコミカルな魅力的な人物だった。
私ははじめ「科捜研の女・靖子」の「靖子」はヒロインの名前だと何となく思い込んでいて、この文章を書き始めてようやく演じている役者の名前だと気づいた(沢口靖子のことは元々知っていたのだが)。この書き方をするなら正確には「科捜研の女・マリコ」だろうが、あえて「科捜研の女・靖子」としているところにさりげないユーモアがあると思う(すました顔で少し変なことを言う感じが靖子(マリコ)に似ている気もする)。一方で、単に面白い表現をしようとしているというのではなく、「科捜研の女・靖子」というのはこの人自身の実感に沿う呼び方なのだとも思う。フィクションの中のキャラクター「科捜研の女」とそれを演じている現実の人間「靖子」の両方に惹かれているのだろう。
また、下句が「きょういちにちのわれはありたり」と平仮名のみで書かれていることで歌全体の中で上句が目立ち、「科捜研の女・靖子を見る」という夜の楽しみ(だけ)が自分にとっての一日の中で特別な存在感を放っていることが印象づけられている。ときどき靖子のことを考えながら、取り立てて面白いことのない日中の時間をやり過ごしているのかもしれない。具体的に何をしているのかは分からないが、平日の昼間であり、歌集の中の他の歌から推察するに、たぶんはたらいているのではないかと思う。
①(https://note.com/myoshioka/n/nfb9c2ea11a9f)で引用した歌では「いつか行く」外国のまつりが今日一日はたらく自分を支えているが、この歌では毎週放送されているテレビ番組(の中の人物)を今夜家に帰って見るという、よりささやかでより確実な楽しみが自分を支えているのだと思う。

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