良い運転をする子持ちのママさん
以前別のブログで書いていた記事です。仕事で教習指導員をしているので、ぼくの文章では車の運転に関する話がちょこちょこ出てきます。
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二段階の教習生を教えるようになって、「ああ、この人良い運転するなぁ。もう言うことないなぁ」と思った人が二人いる。その二人の共通点は、子持ちのママさんだということだ。若いセンスの良い男の子ではない。
なんで「良い運転するなぁ」と思ったかというと、加減速が良かったからだ。極端なスピードの出しすぎはもちろんないし、落としてほしいところを落としてくれる。経験則として言えるが、速度感が自分と合う教習生さんには概して好感をもつものだ。
そこで最近勉強していることが頭に思い浮かんだのだ。フィンランドの交通心理学者、ケスキネンの、運転行動の階層モデルだ。
これは、「安全運転を遂行するためには、ドライバーが習得すべき技能はいく種類かに分類され、それらは階層構造を形成し、階層間に支配関係が存在するという行動モデル」である(『交通心理学』p.193)。「安全運転の技能が階層構造をなすという考え方を、一般に「階層的アプローチ」と呼ぶ」(同ページ)。もう少し引用しよう。
……最下位の第一層には「車両操作等の運転技能」が位置づけられている。まずは車を操る技能が必要である。教習所での技能教習の初期段階で、ブレーキ、アクセル、ハンドルなどの基本操作が学習されるが、この基本的な操作技能がこの第一層に対応する。次に、第二層に位置づけられる技能として、「交通状況への適応技能(危険予測を含む)」があげられている。複雑な交通環境に適応するためには、交通状況や道路線形に対する読みと適切な注意配分、そして安全運転を維持するための戦略的な行為の選択が必要になる。これらの作業は安全運転の中核をなすものである。とりわけ他者の行動を予測し、状況展開を読み取る能力は不可欠であり、危険予測の技能として、ドライバーにその習得が求められている。
第三層には「行動計画の技能(運行計画、安全ルート選択を含む)」が置かれている。言うまでもなく、無理な運転計画は、時間的プレッシャーを生む原因となる。効率的な運航と安全性の両立を考える能力が欠如していると、上述した車両操作技能と危険予測技能を習得したとしても、事故の可能性を自ら高めてしまうことになる。目的地までの安全な走行ルートの選択、走行時間帯の選択など、運行計画に関わる意思決定のあり方は、安全運転の維持に大きく影響を及ぼすことになる。
第四層にある「社会生活の技能(自己コントロールを含む)」は、動機、価値など社会生活全般に関わる技能であり、リスクをとるかどうかの行動選択に大きく影響を与える。個人の発達において、運転という課題にどのような価値を置くかという問題はその個人の運転行動の選択に大なり小なり影響を及ぼす。
(『交通心理学』pp.194-195)
たぶんだけれど、免許を取るのに目的をはっきりと持っている人は、過剰なリスク行動をとろうとはしないのではないか。子持ちのママさんたちが免許を取る目的は、要するに子どもの送迎である。まだ三十代の彼女らは、運転に必要な認知機能も衰えていないので、壮年になってから運転免許を取ろうとする人よりも能力的に有利だ。第一階層の技能習得に大きな問題はなかろう。第二階層なら、事故がもたらずさまざまな制裁や損失への想像力もついてきている年齢だと思われる。第三層で言うなら、幼稚園や保育園に子どもを送るには自宅からそれらの場所までのルート選びや時間帯意識がはっきりあるだろう。スーパーへの買い物だって車を使ってやるかもしれない。第四層で言うなら、彼女らにとって、自動車の運転は、あくまで移動手段のひとつにとどまるだろうから、過剰なリスクを負う必要はそもそもあまりない。若い女の子であれば、仲間内でドライブに出かけたりする際に、急なスピードを出してカーブを曲がってみるなどの危険行為に及ぶようなことがある(で、実際に事故が起きて死者も出てる)が、子持ちのママさんがそれをやる理由はない。
つまり、第四層から第一層に対して、一直線に安全な運転につながる線が引かれている。これが、子持ちのママさんがとても良い(少なくとも、自分の目にはそう見える)運転をする理由じゃないかと思う。
逆に言うと、残念ながら18歳~24歳の大半の子達は――その子達が教習所のメインターゲットではあるものの――運転免許を取ること自体が目的化してしまっている。親に言われたからとか、就職の際に免許があったほうが有利だからとか。それ自体は責められることではない。自分もそうだったから。ただ、やはりクルマを運転する目的意識がはっきりしている人の運転は違うと言わざるをえないという話だ。やはり、ケスキネンの階層モデルは正しいのだろう。
2024/01/21
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