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初めての人生の選択

前回の記事の続きです。前回の記事はこちら。

「では明日、いつも通り学校に来てください。お迎えに行きますから」
両親の留守を見計らって、児童相談所に電話をかけた。

翌日、いつも通り学校に行ったが、いつも通りでないのは持ち物と、入る教室。電話で「もし可能なら…」と言われたのでスクールバックの中には教科書ではなく、詰め込めるだけの下着を入れた。上履きに履き替えて、教室とは逆方向のカウンセリング室に向かい児童相談所の人と、担任の先生と、学校常駐の心理士さんに囲まれてこれまでとこれからのことを話した。

「家に帰りたくありません。学校にも家にも居場所がないんです」
児童相談所の人は何かメモのようなものを取りながら淡々と話を聞いてくれたが、担任の先生が終始暗い顔をしていた。

相談所の人が、私のこれからを説明してくれた。「まず、児童養護施設という場所に行くにはすごくすごく難しいの。行けなくはないけど、すぐ行ける場所じゃないし、審査や順番待ちもあるからその間一時保護所というところであなたを保護することになる。一時保護所に行くってなると学校は通えないし、家にももちろん帰れない。それでもいい?」私は即答で「はい。いいです」と言った。この答えこそが、自分の意思で行った生まれて初めての人生の選択だった。

担任の先生は「ごめんな」と俯いて小さく呟いた。知らんこっちゃない。さよなら先生。2限目がもう終わりそうな時間帯に、私は車に乗せられ校舎を後にした。

児童相談所に着いて、ここで生活するのか…それにしては殺風景だな…思っていたら、「大変申し訳ないんだけど、電話したら一時保護所はどこもいっぱいで…養育家庭さんに事情を説明したら引き受けてもらえる家庭があったから、とりあえずそこに行ってもらえる?」と言われた。何が何だかわからないまま、また車に揺られてごくごく普通の家の目の前についた。人柄の良さそうなおじいさんとおばあさんがお辞儀をして職員さんと私を迎えてくれた。

玄関で靴を脱ぐとスリッパを出してもらった。人の家にあがるときにスリッパなんて履いたことない…そもそも人の家に行ったことがほとんどないので緊張で心がはちきれそうだった。廊下には写真がたくさん飾ってあって、おじいさんとおばあさんと、息子さんかな…家族写真がたくさん並んでいた。まだ玄関までしか入っていないのにヒシヒシと伝わってくる「良い家庭」感。そのままリビングに通された。リビングに入っても更に驚いた。なんだこの良い家は。リビングテーブルの上に籠いっぱいのお菓子と果物。至る所にお花が飾ってあって、観葉植物もいっぱい。テレビの近くにはゲーム機器やバランスボール、向こうにはふかふかそうなソファにローテーブル…金魚までいる!すげえすげえと心の中で興奮し立ち尽くしていたら、おばあさんに背中を押され促されるままリビングテーブルの椅子に腰を掛けた。

「あったかい紅茶?オレンジジュースもあるわよ」おばあさんが私に聞く。
「あ、冷たい水で…すみません」
「お水なんかでいいの?麦茶ならどう?」
「えっと、じゃあ…それで…」

氷が入ってキンキンに冷えた麦茶を一口二口飲みながら、職員さんがおじいさんとおばあさんに私がここに来ることになった経緯を詳しく説明しているのを聞いていた。しきりにおばあさんは「まあ…」「そんな…」とか言ってたし、おじいさんは私の方を見て「もう大丈夫だぞ」みたいなこと言っていた。何やら難しい話をしているようで、話がわからなかった私は席に座りながら麦茶をずっと見つめていた。すごいお洒落なグラスだなあ。うちでは手酌で水道水飲んでたけど。この下に敷くものはなんだろう。グラス専用の敷物なのかな。
しばらく話してから、「今日から一時保護所の空きがあるまでよろしくお願いします」と職員さんが最後に挨拶し、私を置いて帰っていった。赤の他人の家にぽつんと残された私…頭が混乱していた。

「ここの部屋、息子の部屋だったの。洋服はここにあるからね、ベッドももちろん使っていいから。ご飯の時は呼びに来るから、リビングまでおいで。だいたい7時くらいかしらね。何か欲しいものや困ったことがあったらすぐに言うのよ。」
和室と洋室が入り混じったような整理された部屋に案内され、おばあさんにお礼を言ってドアをパタンと閉めた。廊下に飾ってあった写真の人は、やっぱり息子さんでしたか…。すみませんがしばらくお借りします。複雑な気持ちになりながら、深く深く息を吸ってゆっくり吐いた。人の家の匂い。なんだかすごいことになったな。電話ひとつでここまで変わるんだ。カーテンを開けて窓から外を見ると、大きな鉄塔が家の真上に見えた。何故か懐かしいような不思議な気持ちになって、しばらくその鉄塔を眺め続けた。

つづきはこちらから。

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