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生きるための労働に殺される

ようやく辺りが暗くなり始め、こんな私でも息するのが楽になる時間帯になってきたので文字をぽちぽちしてみる。日が出てる時間はどうもダメだ。天気がいいほどダメ。多分メニューはカレーかシチューだと思う、野菜がたっぷり入ったレジ袋を持ってドテドテ歩く主婦とか、少し遅めのお昼ご飯なのかな、定食屋でスーツを着たサラリーマンが飯をガツガツかっくらって午後も頑張るぞみたいな顔してる人達を視界に入れなきゃいけなくなる。少なくとも私よりは、いや私の認知が腐ってんのかもしれないけど、まともな人間と自分とのコントラストでどうしても死にたくなってしまう。ちょっと前までは曇ってる日が一番死にたかったのに、今では雲ひとつない晴天であればあるほど、自殺日和だと思うようになった。

ぼんやりとだけど、なんだか生きるの向いてないなーと気付きつつ、高校をなんとか卒業した。原因は家庭環境だとか自分の性格だとか色々あるけど、トリガーとなったのは進学先の専門学校で人間関係をしくじり、当時私達死にたがり同士〜みたいな気持ちで繋がっていた同じ風俗店で働く女の子から勧められたとあるお薬。「飲めばふっと身体が浮いたように楽になって、あったこともなかったことみたいになる魔法みたいな薬」と言われ、最初こそ躊躇したものの気づけばその薬の虜になっていた。毎日朝早く起きてはこっそり100錠程一気に貪るように飲んで、バイトに行って夕方切れかけた時にまた100錠弱バリバリと飲む。依存性もあるので1ヶ月以上もそんな生活を続けていたら身体が動かなくなるところまで来ていた。副作用で眠気が飛ぶので不眠になり、食欲も失せ、歯の裏側がボロボロになり部屋に隠していた大量の薬の空き瓶が母に見つかって私も母も大パニック。「なんでこんなことをしているんだ」と言われて「お前らのせいでこうなった!お前らのせいで!」と泣き叫びながら包丁を振り回した。結果両親を泣かせ、次の日引きずられるように精神科に連れてかれた。ここらへんの記憶はほとんどない。ただ薬も残っているので診察もまともに受けられず、医者に「何がつらいのですか」「どうしてそんなに薬を飲んでしまうのですか」と聞かれても「つらいからつらい」「きもちが、こう、だめで」と片言でしか言葉が出てこなかった。医者曰く薬のせいで脳が萎縮して言語中枢という言葉や文字を司る部分が損傷しているらしく、その後遺症だったらしい。話すこと聞くことに関してはリハビリなり誤魔化し方なりを学習してなんとか人並みくらいまで回復?したが、今でも活字が読めない。文字が滑って進まないのだ。あの時生きるために選んだ代償。その話はまた今度にしよう。

診察では母が代わりに医者の質問に答え、1時間程度の診察の後、担当医から「とにかく今は休んでください」と言われた。権威のある偉い誰かに「休んでいい」と言われたのがとにかく嬉しかった、嬉しかったというか、救われた〜助かった〜みたいに思った。
帰り道、こっからどう生きてこうかなーみたいな漠然とした不安と、まあどうにかなりそうな雰囲気もあったし大丈夫なんじゃないかなーみたいな気持ち両方を頭の中でぷかぷかさせていたら、診察室に入り医者からの言葉を私と一緒に聞いていたはずの母が「あんたとりあえずバイトでも探しなさい」と言ってきた。こいつ頭いかれてんじゃねーかなと思った。客観的にみれば毎日200錠も薬を飲んでそれが親バレし、包丁振り回したあげく引きずられて行った精神科帰りにブチ切れてるなんて頭いかれてるのは私なんだけど。どう考えたってこの身体と精神状態で働けるわけないじゃんね。文字読めねーし。まともに喋れねーし。医者の言うことすら理解出来なかったのだから。

なんとか見つけたアルバイト。某コンビニのレジ打ち。家から近かったし楽そうだなーと思って選んだがとにかく辛かった。まずお金の計算ができない。例えば105円の商品をレジに打つときに1,0,5と打つのがとにかく遅い。ひゃくごって3桁だよな。ひゃくだからまず1、十の位はなくて一の位は5でえっと、あ、100円玉2枚渡されたから2,0,0,会計ボタンと打つ。出てきた数字がお釣りのはずだから95…えっと10円玉が9枚と、いや50円玉で代用できるな…ああすみません、5円渡し忘れてました。レシートと袋どうなさるんでしたっけ。ああ怒らないで。常にそんな感じ。「もうレジやらなくていいよ」と初日で言われ品出しをすることに。パン?パンってなんだっけ。残5って何。とにかくわからない日本語という名の記号が頭の中で暴れ回った。家に帰って「バイト無理そう」と母に言うと「あんた学校も行かず仕事も行かず寝てるだけなんて絶対許さないよ」と言われ、バイトを辞めさせてもらえなかった。更に立て続けに「将来そんなんで生きてけると思ってるの。自分のことくらい自分でできるようになさい。家賃取らないだけでもありがたく思え」と言われた。週3回3時間のシフト。地獄だった。もうすぐ成人になるのに、文字もまともに読めず、計算もできず、さらには離脱症状で幻覚まで見ながら仕事して、「大丈夫ですか?」と年下のアルバイトの子に言われて惨めな気持ちになり、トイレ掃除に行くふりをして声を殺して泣きまくってた。多分目真っ赤にして毎回トイレから出てきてたから他のスタッフや店長に気づかれてたと思う。

人間は息を吸って吐いて、全身に酸素を巡らせ心臓が脈打つだけで金がかかる。黙っていても生命維持のために腹が減る。食ったらもちろん排泄物が出る。腹を満たすための食料も、排泄物を流す水も、自身の清潔を保つための入浴や睡眠、それをするための家と言う場所すらも当たり前に金がかかる。何故働くかと問われれば、夢とか希望とかそういうキラキラしたのをとりあえず置いといて究極「生命維持のため」になる。バイトに行くたび憂鬱なんて言葉じゃ表現しきれない気持ちと希死念慮を抱えながら働いていた。早く死にたい。殺してくれ。惨めになりたくない。生きるための労働に、あのとき私は殺されかけた。

生きるために労働しているのに労働に殺されるなんてさらさらおかしな話だ。殺されるくらい嫌な環境の職場なんて逃げた方がいい。私はもう二度と、労働に殺されかけるなんてごめんだ。

つづきはこちらから。

「生きるための代償」に着いての話はこちらから。

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