酔いどれ男のさま酔い飲み歩記~第9回「輪島の御陣乗太鼓でハイテンションに」
「一人酒」、それは孤独な酒飲みのように聞こえるだろうが、実はそうでもない。私は一人酒という言葉を酒場で飲み歩く時に使っている。にぎやかな雰囲気に包まれれば、その店に居る人は全員、飲み仲間だ。
一人酒ができなくなって幾歳月・・・再開の日を、ただ黙々と待ち続けていても仕方ないので、体験談エッセイを書こう。タイトルは、酔いどれ男のさま酔い飲み歩記。第9回「輪島の御陣乗太鼓でハイテンションに」である。
はじめに
親指を少し曲げたような形の能登半島。その第一関節の外側の部分にあたるのが輪島市である。輪島というと、好角家の私には元横綱輪島さんを思い浮かべる。輪島の祭り「キリコ」を展示する会館には、輪島さんの功績をたたえた紹介コーナーがあった。
そんな能登半島での夜の飲み歩き。お目当ては当然、新鮮な海の幸である。雨が降り続いた一日だったが、夕方になって小康状態になってきた。雨は飲むのには関係ないが、歩くのには影響する。だから、降らないにこしたことはない。いい傾向だ。
今宵は飲み歩きに、もう一つお楽しみを付け、輪島を楽しむか。
輪島「伸福」~地酒片手に地物の寿司をつまむ
本日の口明けは地物の海の幸が食べられる寿司屋から。それも地元で評判の人気店がいい。事前にチェックしておいた私の情報と、観光タクシーの運ちゃんのおススメが一致した店へ連れて行ってもらう。寿司処「伸福」、満席必至の人気店である。
私は開店直後で一番乗り。カウンターの隅というベストポジションに座れた。本当に人気店なのかと心配になるも、後から次々とお客さんがやってきて、30分もたたないうちにカウンターが埋まった。
まだ午後6時前だよ。
晩秋だったのでビールよりも日本酒がいい。それも輪島の地酒がいい。能登誉の純米酒を頂戴し、握りは地物をおまかせで。寿司屋は粋に飲まなきゃいけないな。
大将が最初に握ってくれたのは生サバ。信州に住む者にとって、新選さが命の生サバを食べることなどめったにない。とろけるような美味さに感動する間もなく、ノドグロ、ガスエビ、甘エビ、バイ貝、アンキモ、白子、ヤリイカ炙りと次々に握ってもらう。
今度は酒を追加する番だ。白菊純米吟醸に切り替え、ヌカサバ、白貝を注文。さらに、生サバがあまりにも美味しかったので、つまみで切ってもらう。やはり極上である。
1カンずつの握りで、しかもシャリは少なめなので、はしご酒をする身にはありがたい。でも、最初の店なのに酒はやや飲んでしまったかな。それもいいだろう。旅先なのだから。
輪島「うめのや」~毒のある魚と毒舌の男
寿司でお腹いっぱいになった。目的の海の幸も十分満喫した。地酒も飲めたので、飲み歩き2軒目へのハードルは下がる。でも、いい店に入りたい。ここは自分のカンと目利きを信じて店探しをしよう。伸福の近くに良さそうな店を見つけた。居酒屋「うめのや」である。
小上がり風のカウンター席になっており、一角に陣取る。「風よ水よ人よ」という変わったラベルの冷酒を頼み、肴にはフグの真子ぬか漬けとおばけ酢の物。おばけとはクジラの脂身のことで、さっぱりとした面白い食感だ。
何気なく注文したフグの真子・・・実はトンデモない珍味だった。
真子とは卵巣のこと。つまりフグの卵巣のぬか漬け。フグは美味だが、内臓には猛毒があり、とりわけ卵巣は毒の巣窟。ぬか漬けで2年ほど寝かすと毒が消えてしまうのだとか。それでもコワイ。たぶん分かっていたら注文しなかっただろう!
それはさておき、相席になったのは、広島県から来たという一人酒の男性と東京の若い男女4人組。ご常連ではなく、奇しくも旅人たちが集ったのだ。しかも4人組は居酒屋を経営しているという。袖すり合うも他生の縁。しばし語らう。
広島の男性は4人組へ盛んに話しかける。時には「そりゃ言い過ぎだよ」と、こちらが苦笑いするような不仕付けな話もする。が、そこは水商売の兄さん、姉さん。酔っ払いのお相手は手馴れたもの。言い争いにはせず、逆に和み酒にする話術はさすがだ。
広島の男性はなかなか面白い男で、4人組が帰った後も話が弾んだ。意気投合しかけたが、私にはもう一つのお楽しみが待ち構えている。残念だが、いずれまた会おう。
輪島「阿づま寿司」~御陣乗太鼓の興奮冷めやらぬなか
お楽しみとは何か。男の一人酒、酔った勢いでスケベなことでも?と勘繰るべからず。輪島に来たら一度見ておきたかったライブステージを楽しもうというのだ。「御陣乗(ごじんじょ)太鼓」の実演である。
御陣乗太鼓の由来は、戦国時代にさかのぼる。能登侵攻を目指す上杉謙信の軍勢に対し、土地の者が鬼の面と海藻をかぶった奇妙ないでたちで太鼓を打ち鳴らし、夜襲を仕掛けて上杉軍を撃退したとの故事に由来する。
ステージには太鼓が一台だけ。打ち手の一人が一心にリズムを刻むなか、鬼や般若の面で素顔を隠した男が次々と登場。パフォーマンスを繰り広げながら太鼓を打ち鳴らす。そのリズムもゆっくりから段々早くとメリハリをつけ、興奮を高めていく。
迫力ある太鼓の響きと奇声を上げる男たちに、酔っぱらいの私のボルテージは上がる一方。奇声には奇声を、ではないが、いつしか叫んでいた。
御陣乗太鼓、スゴイぞ!
すっかりハイテンションとなった。もう1軒なら飲める。ライブ会場の近くに「阿づま寿司」という店があったので、勢いでなだれ込む。
カウンターには旅行者とみられる先客の中年男性が一人。オヤジさんに千枚田という地酒とつまみを切ってもらう。千枚田は麹の香りが強いクセのある酒だが、全然気にならない。そのうち、ご常連の男性がやってきて、オヤジさんも交えてよもやま話が始まるのだ。
ひょんなことから香箱蟹(コウバコガニ)の話題になり、オヤジさんがそれぞれ1パイずつ出してくれた。コウバコはズワイガニの雌で、小ぶりながらも卵(内子、外子)を抱えていてとても美味い。漁期が限られているので、時期でないと食べられない。
先客は初めてのようだったが、私は何度か味わっている。常連さんから「よくご存じですね」とお褒めの言葉を頂戴すると、調子に乗った私は旅の自慢話を始めた・・・らしい。実はよく覚えていないのだが、たぶんそんなところだろう。
〇〇〇
今回はここまでとします。読んでいただきありがとうございました。なお、このエッセイは2006年11月の備忘録なので、店の情報など現在とは異なる場合があります。
★店舗情報などを載せています→ブログ「ひとり旅で一人酒」
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