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私だけの特捜最前線→38「地図を描く女!~中国残留孤児をテーマにした秀逸なストーリーと名演技」

※このコラムはネタバレがあります

中国残留孤児といっても、若い世代の方はご存知ないかもしれません。ドラマについて語る前に、ストーリーの根幹となる中国残留孤児について簡単に説明しておきましょう。

太平洋戦争末期から終戦直後にかけて、中国大陸から命からがら日本へ帰って来た人たちがいました。その中に、やむを得ない事情があって、中国人に預けられた子供がいたのです。それが中国残留孤児でした。

1972年の田中角栄内閣時、日中国交正常化がなされ、中国残留孤児の存在がクローズアップされてきました。両国政府の計らいで、孤児たちは両親や家族を探すため、日本に一時帰国することが実現したのです。

ドラマのストーリー

ドラマでは、中国残留孤児の一人で通訳も務めていた女性(左時枝)と紅林刑事(横光克彦)が偶然出会ったことから、生き別れになっている父親を一緒に探すという話。ただし、紅林はボランティアではありません。

その父親(加藤嘉)には殺人の容疑がかかっていました。父親は残留孤児の来日を聞き、いてもたってもいられず、女性には分からないよう、密かに滞在先を訪れていたのです。それを特命課がキャッチしました。

父と娘が対面し、名乗り合えば、父親を容疑者として逮捕できます。そんな形で数十年ぶりの親子再会をかなえてもいいものかと、紅林は悩みますが、女性が二度と日本には来ないと知り、彼女に真実を打ち明けるのです。

清掃員として働く父親の元に女性を連れて行きました。女性は「この人はお父さんではありません」と言い切りますが、父に教えてもらった唱歌を口ずさむと、父親は泣きながら娘の本当の名前を呼んだのです。

名演技あってこそのドラマ

当時の社会問題を扱ったドラマであり、ストーリーは地味ですが、何といっても残留孤児役の左時枝さん、父親役の加藤嘉さんの名演技が素晴らしく、ラストシーンは涙なしには見ることができません。

本当に残留孤児だったのではないかと思わせる左さんのたどたどしい日本語のしゃべり方、犯罪の過去を背負って人知れず生きている老人を演じる加藤さん。まさに「適材適所」の配役だったと言えるでしょう。

忘れてはならないのが紅林刑事。ドラマの中でも「私も生き別れの母親を探している」とのセリフがありましたが、この回より後に紅林と母親にまつわるドラマがあるのを知っていれば、言葉がより重みを増してきます。

紅林が親身になって父親捜しに協力したのは、女性に自分の姿を投影していたからでしょう。だからこそ、その過程で葛藤もし、ラストでは涙まで流します。これらも横光克彦さんの名演技が支えていました。


最後に蛇足ですが、私の父親も実父(私の祖父)が戦争で中国に渡ったまま帰国しませんでした。残留孤児とは逆の立場でしたが、幼い時に父親と生き別れたという辛い体験は共通していたのです。

中国残留孤児訪日の際、父親も「何かお手伝いをしたい」と、少しかかわっていたように記憶しています。そんな懐かしい思い出もあって、この回は特別な思いで視聴させていただきました。

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