舞城オタクのID:INVADED文脈考察(レビュー)


 こんにちは。外出自粛で時間ができたのでなんか見れてなかった舞城アニメ『ID:INVADED』を完走した名南奈美です。本稿ではその感想や考察を本編ネタバレ・他の舞城王太郎作品のネタバレアリでざっくり語っていこうと思うので、

・ID:INVADED本編
・ソマリア、サッチ・ア・スウィートハート
・添木添太郎
・ドリルホール・イン・マイ・ブレイン
・バイオーグ・トリニティ
・ディスコ探偵水曜日
・JORGE JOESTAR

をこれから楽しむ予定の方は読まないほうがいいんじゃないかなあと考えます。


 というわけでもろもろネタバレ込みで書いていきます。


 まずはオープニングの歌詞を褒めさせてください。Sou・RUCCAさんによる『ミスターフィクサー』。こちら楽曲としてもすごくかっこよくて素敵なんですけれど、二番のサビにある

「対象 偶像 有神論 理性が揺れる 欠けた世界の中心で 愛が吠えている」

 という歌詞、これめちゃくちゃ舞城王太郎じゃないですか? 『九十九十九』『ディスコ探偵水曜日』『バイオーグ・トリニティ』読んだ人ならわかると思うんですけれど、ほんとすっごく舞城王太郎のエンタメ小説だと思うんですね私は。脚本を読んだだけで出てきたのか他の舞城さんの作品を読んだうえで掴んだリリックなのかはインタビュー読んでいないのでわからないんですけれど。どちらにせよ、舞城王太郎が脚本やってるアニメのOP曲の歌詞にそんな文章を込めてもらえてファンとしては感謝の念しかないです。
 あとEDや挿入歌が英詞モリモリだったのも『煙か土か食い物 Smoke, Soil or Sacrifice』とかを思い出す感じでよかったです。音楽に恵まれるいいアニメ化でした。


では本編の感想を。

 『ディスコ探偵水曜日』系列の名探偵ものだと最初は思っていた。
 掛詞の頻出(普段は推理パートなどで清涼院流水的に使われる)
 名前に木のつく女の子(舞城王太郎作品では大事な女性人物は木か木へんがついていることが多い。今作では本堂町・木記・椋がそれにあたると私は思っている)
 過去へ遡ること(過程はさまざまだが『ディスコ探偵水曜日』『JORGE JOESTAR』『バイオーグ・トリニティ』と定番化している現象である)
 それまでの人間性が消えて別の人間として動くこと(『ディスコ探偵水曜日』の踊場水太郎とか)。
 増えていく名探偵。そしてあっさり死ぬ名探偵。
 「きみを救いたい」という意思。
 穴井戸もノリの軽さや企みがある感じが水星Cっぽいなあと思っていた。

 だから最後には『ディスコ探偵水曜日』のように、名探偵酒井戸がジョン・ウォーカーを倒し、飛鳥井木記の悲劇も終わるのだと思っていた。
 超常現象もアリな世界だし、『JORGE JOESTAR』ではジョジョのノベライズなのにディオを倒してジョナサンを復活させてしまうような作家だ、全然そういう風に運ぶこともできるだろうと思っていた。
 でも違った。
 ジョン・ウォーカーはたしかに倒された。名探偵によって。最後の一撃があっさりしているのも舞城王太郎あるあるだなあと感じた。
 しかし飛鳥井木記はどうだろう? 希望を抱くことはできたが、いつか救われるという希望であって、作中で救われたというわけではない。トゥルーリ―ハッピーラララララではない。どういうことだろう?
 名作『バイオーグ・トリニティ』の榎本芙三歩もまた世界と繋がる存在の女性ではあったけれど、あちらは紆余曲折ありつつ救われた。何が違うのか?

 辿り着いた答えは、『ドリルホール・イン・マイ・ブレイン』だ。
 舞城読者の視聴者の大半は、『ID:INVADED』に「穴空き」が出てきたあたりで想起したであろう伝説の短編。主人公は母親の浮気相手にプラスドライバーで頭を刺され、死に、世界を救う少年・村木誠になる。村木誠の頭には穴が空いていて、ユニコーンである鞘木あかなに角を挿れてもらったり性玩具を突っ込まれたりする……と電波系みたいな摩訶不思議な小説なのだが、結局のところ、村木誠が何をしようと死んだ主人公の現状は変わらない。手出しができない。「世界を救う少年・村木誠」は主人公の損傷した脳内での文脈でありストーリーなのだから。

 『ID:INVADED』の名探偵も、イドのなかでの文脈でありストーリーだ。
 だから、イドの外、実在する飛鳥井木記についてのストーリーは名探偵のストーリーではない=舞城王太郎が書いてきた『九十九十九』『ディスコ探偵水曜日』『JORGE JOESTAR』『バイオーグ・トリニティ』のようなストーリーにはならないのだ。
 だからそれらの作品のような、根本的解決としての救済は起こらなくて当然なのだ。

 ではイドの外のストーリーはどのような系譜で紡がれたものだろう?
 名探偵はいない。しかし、「不思議な現象を身にまとい、それに伴う不幸に苦しむ女性」は存在する。
 そう、『ソマリア、サッチ・ア・スウィートハート』『添木添太郎』の系譜だ。そしてそれら短編は、最終的には切なく悲しい終わり方だ。「不思議な現象」そして「不幸」は残ったまま幕が下りる。

 つまり『ID:INVADED』はただの名探偵舞城文脈ではない。
『九十九十九』や『ディスコ探偵水曜日』の舞城王太郎文脈と、
『ソマリア、サッチ・ア・スウィートハート』や『添木添太郎』の舞城王太郎文脈、
そのふたつが緯度と経度のように交錯する稀有な作品なのだ。
だからジョン・ウォーカーはイドのなかで倒され、飛鳥井木記の問題は根本的には解決しなかった。


舞城王太郎は多くのテーマや文脈を持つ作家だ。読めば読むほど繋がっていくし、新たな作品が出れば出るほど広がっていく。ときには『ID:INVADED』のように文脈がふたつ入れられることもある。
進化していく作家が好きで、舞城王太郎を私が読むのもそういう期待を込めてのことだ。『ID:INVADED』はこれまでがあったから書けたものだと感じた。『ID:INVADED』を経たこれから、どのような長編を舞城王太郎が書いていくのか楽しみでならない。


とりあえず『龍の歯医者』を早く読みたいのでそろそろ執筆を終えてほしいものですね。
アニメ版も舞城らしくて面白かったけど、小説としても楽しみたいし。
あと健康にも気をつけてくださいね。応援しています。


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