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中原美緒の短歌【11月12日〜12月12日】を他人のような顔で考察する。

※以下の文は、緑ヶ丘高校文芸部の部誌「コトノハ2023冬」に掲載させていただいた作品です。七高の下駄箱のところら辺に部誌を置いておきました。多分あります。(先生が片付けちゃったりしなければ!)ぜひ見てみてください



私は高校一年生の春に短歌に興味を持ち、今日まで多くの作品に触れ制作をしてきた。
今回、11月12日〜12月12日に、1日1つ短歌を制作した。1日1つという規定を定めることで、1日の集約やドローイング、日記のような役割を持った短歌を制作することができ、そこから考察をすることで制作についてのフィードバックを得ることができるのではないかと当時の私は考えたのである。
しかし、全くの誤算であった!今この作品群をみても、その日に起きた出来事との関連性など全く見えてこないのだ。カレンダーを見てもその日の私の感情の動きなど覚えてるはずはなく。もちろん、全ての言葉には意味があり、心の内の根底にあるなにかが現れている。これは確かだ。だが、2ヶ月後の私には到底理解出来る領域では無い。故に、これらを日記として解釈するのは難しい。
(そもそも、フレッシュな思考でフレッシュな短歌を考察したとて、その日の出来事との関連性はかなり低かったんじゃないか、とは思う)
(とはいえ自分の作った短歌からフィードバックを得るのなら、さすがにその日のうちに行うべきだった。猛省)

だから、今回【11月12日〜12月12日】の公開とともに、私が作った短歌を、私が他人のような顔をして考察していこうと思う。









【11月12日〜12月12日】


11月12日
父と愛しあってる母が羨ましい父はほんとに良い人だから

11月13日
何処までも澄み切っている君の喉から出る空気と歪み、不変の

11月14日
父さんが空を仰ぐ度月が1cmずつ近くなってる

11月15日
この街のルール①母からの手紙を各自持ち歩くこと

11月16日
父さんに長生きしてねと伝えても逆張りで蒙古タンメンを食べられる

11月17日
今日はもう十時半には寝ようかなこの世に生を受けたわけだし

同日
君に好きになってもらう必勝法風の優しさに意識を向ける

11月18日
あの愛の行方はどこだ祈りの中で昨日の残りのケーキを食べる

11月19日
インドカレー!あくびする猫!ごめんなさい。土曜の床屋!バスターミナル!

11月20日
咳しても、ご飯を食べても、何しても1人ですよ君がいなくなって

11月21日
君の首は焼けるように熱いのに平熱35.4℃

11月22日
二丁目の月の花屋のカスミ草の香りがあの子に届きますように

11月23日
貴方には陽の光浴びる葉のような多幸感に溢れて欲しい!!!!!

11月24日
どうしてかわからないけど今日の僕は空を仰ぐことしかできない

11月25日
「私よりあの子の方が好きなんじゃん」握力14による絞殺

11月26日
寝る前に、みんなの笑顔を思い出す。私には、私のやり方がある。

11月27日
水色の風船を持つ手を離すこの行為だって空への啓蒙

11月28日
スーハースーハーハースーハーみくちゃんの口から出てくる空気は美味しい

11月29日
マジカルな人マジカルな切迫感magicallyほらわかるでしょう?

11月30日
「僕のこと、好き?」「うん」位のスピードで過ぎ去ってゆく30日間

12月1日 
夏一番小波のように愛を言うあなたは私を砂浜にした

12月2日
ふとした時シュークリームを買う人は極悪人か聖母の二極

12月3日
大好きな人には500年生きて欲しいし愛の言葉はハウるな。

12月4日
ユイちゃんの白い鎖骨に触れた時、死んでも良いと思えたのです。

12月5日
スーサイド・ブロックルーム  明日には感じなくても良くなる罪悪

12月6日
12月6日今日は僕の好きな僕が生まれたすげえ日なんだぞ〜

12月7日
息を吐く口腔内が見えた時イナズマが走るように嬉しい

12月8日
一昨日に貰った2輪の薔薇のおかげ部屋の空気が柔らかいよ

12月9日
ハデハデなトーテムポールや水色のブランコがある君のふるさと

12月10日
見つからない愛を探す唯一の方法。そっと空気を挟む

12月11日
B組のあの娘の吐息で僕のこと温めて欲しいし殺して欲しい

12月12日
大丈夫。口から臓器吐き出して死にたくなってもこの歌がある。









夏。
私は夏休みに、駅前にて沢山の人に自作の短歌を紙媒体で100枚配るという活動をした。その沢山の出会いの中で、私の短歌を考察し質問をしに来てくれた方がいた。その方は短歌一つ一つを解釈し、並んでる短歌からひとつのストーリーを持たせたのだ。全くその意図を持ち制作しなかった私は物凄い衝撃を受け、私の作品に新たな面を作り上げてたその方の想像力の広がりに強く感銘を受けた。

そうやって作品を解釈し、他人のような自分の短歌を、他人のような顔で推察をする。

以下、2ヶ月前の私を「中原」と呼び、現在の私を「私」とする。



11月16日
父さんに長生きしてねと伝えても逆張りで蒙古タンメンを食べられる



長生きという単語から1番遠いところにあるだろう。蒙古タンメンは。
私もアレは好きだが、毎度命を削りながら食べている感覚に陥る。辛いものを食べたがる人はストレスが溜まっている、という話を聞くが、私はこれから、本気で父を止めるべきなのかもしれない。

先に、中原の当時の心境などさっぱりわからない。とは言ったが、これらの短歌を「私的思考の短歌」と「詩的思考の短歌」に分類することができると私は思う。私的思考の短歌は、その日にあった出来事や当時の強い感情に基づいて作られたもの。詩的思考の短歌は、思考の基底にある激情、まだ己が深く認識していない感覚的なものを言葉にのせた(偶然性の高い)短歌。と私は考えている。
そしてこの歌は超前者だ。
少なくとも読者にとって、中原が切望する「父に長生きして欲しい」は、本当に知ったこっちゃないだろう。しかし、私は大好きな父に長生きして欲しいのだ。




11月12日
父と愛しあってる母が羨ましい父はほんとに良い人だから

11月14日
父さんが空を仰ぐ度月が1cmずつ近くなってる




とはいえ、父もそんなことは承知の上で食しているのだろう。私の願いに対して、照れ隠しや意に反してやろうという気持ちで食べてるのでは無く、父は蒙古タンメンという名の自傷行為をしている。
命を削ってまで食べたくなる味。蒙古タンメン。命を削ってまで食べたくなる激情。それはきっと私には止められない。









11月29日
マジカルな人マジカルな切迫感magicallyほらわかるでしょう




これは詩的思考の短歌だ。
マジカルな人、切迫感。読者にわかるだろうと問い、中原は我が物顔でこの歌を終わらせる。
魔法的、とは。
魔法、人知を超えた力や神秘的な現象引き起こす力のことだろうか。
例えばカフェインやアルコール等は、魔法みたいだな、と思う。飲むだけで覚醒状態になったり楽しい気分になったり、、(しかし、私はカフェインを摂取すると激しい動悸と発汗、そして強い焦燥感に駆られてしまう。私にとってコーヒーやエナドリは、魔法ではなく劇薬なのだ。)

それはそうとして。「マジカル」という心がときめく言葉と「切迫感」という落ち着かない言葉を並べ、さらにmagicallyという単語が登場させることにより私たちの理解のスピードを遅らせてくる。そこに「わかるでしょう?」とこちらに無理な問いを投げかけ、私たちに強い焦燥感を与えてくる。4句目と5句目の「magicallyほら/わかるでしょう 」の部分。流れで読める英単語から、字足らずで読ませてくるのが特に、私たちを不安にさせる大きな要因な気がする。
この歌は全体を通して、凄くリズミカルだから、読者は受け答えせざるを得なくなる。こんな問いに私たちは、空返事すらしたくなる。あ、、うん、、そ、そうだね〜(笑)

しかし、中原のペースに乗せられてはいけない。

そもそも、中原は問いとして投げかけているのだろうか。中原自身もマジカルな切迫感に駆られて心を疲弊させている被害者の1人なのかもしれない、と私は考える。つまり、「ほらわかるでしょう」は、マジカルな人や切迫感の存在の認識の共有ではなく、中原の心の中の苛立ちの共有と考えられる。
確かに。カフェインの過剰摂取してしまいエグい焦燥感に駆られた時。他者に「わかってくれ!(わからないでしょうけどね!!)」と、苛立ちをぶつけたくなる。
いや。まだ私は中原を客観視出来ていない気がする。自身と中原を重ね共感を求めてしまっているが故、オブジェクティブに見れていないような感覚がある。もう一度この歌を考え直すべきだ。とりあえず、カフェイン敏感症から思考を離れるべきな気がする。が、しかし。

先述した通り、自分勝手に短歌を考察するというスタンスで行きたいのだ。私が中原の短歌をどう解釈したって自由だし、むしろ、客観視に固執し過ぎるのも不健康な気がする。
私なりに中原の短歌を他人のような顔で考察できたのではないだろうか。
以上で考察を終わりにし、最後に私のお気に入りの詩的思考の短歌を添えようと思う。

(とはいえ、私と中原が「わかるでしょう?」に翻弄されていて。これは面白い短歌ですよね、、、)

「意図的な具象の先を認知せよ」海:頷く鳥:高く飛ぶ
【夢の中の抱擁】  中原美緒
何度だってダンスフロアにばらまかれる光の、光の光の光の
【hikarino/蜂と蝶】    青松輝



あとがき

私は緑ヶ丘生ではないです!七里ガ浜高校2年の中原と申します!私がロールモデルとしている青松輝について少し紹介させてください!

青松輝。彼は「ベテランち」という名でYouTube活動を行っている。一浪二留東京大学理科三類。
彼の短歌の魅力として、かなり攻めたギリギリ許容できる詩的表現にあると思います。(ちなみに私の父は得意じゃないと言っていた。確かに読みずらいし私も全然何言ってるんだって気持ちなる。)でも!私は彼の短歌に物凄く憧れています。私が短歌に興味をもったきっかけであり、初めて見た時、これが短歌なんだ、、、俵万智に続く短歌界の革命なのでは!?と衝撃を受けたことを覚えています。そして、ベテランちの動画はとても面白いので是非皆さんにも見て頂きたいです!

最後に、今作をご覧頂き心から感謝申し上げます。そして、印刷、製本をして下さった緑ヶ丘高校文芸部の皆様、誠にありがとうございました。

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