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すばらしきアトミックの頂上へ

アトミックという言葉がある。
「atomic」訳:原子の、極小の
という意味だ。
わたしたちの生活のあらゆるすべては原子で構成されている。あらゆる物質をこれ以上は分けられないというところまで分解した最小のものが「原子」だ。
そういうわけで、さまざまな界隈において「アトミック」とは最小単位でやるといった文脈で比喩的に使われる。
たとえばエンジニアリングにおいてはUIデザインの設計手法として「アトミックデザイン」というものがある。ざっくり言うと、デザインを小さな部品単位に分けて構成していくものだ。
そしてわたしは今、「Atomic Habits」という本を読んでいる。小さな行いの積み重ねがやがて大きな結果に結びつくというような内容。読み始めたばかりだから、本の話はここではしない。
「アトミック」という考え方は、わたしたちの生活をきっとよりよくしてくれるのだろう。
(余談。曖昧なものごと、主に”思考”のような目に見えないものを、こういった数理的な話を持ち込んで解釈することが・考えることがすごく好き。)

どうして今この話を書いているかというと、自分にとって「小さくやる」が相当だいじなんだと気づいた一週間だったから。
自分の悪癖がすこしはっきりした。
たくさんがんばりがちな自分がいる。大きなことやすごいことを成し遂げたいと思う自分がいる。今までの"ほんのちょっとすごいだけだった自分"が枷になっているのだと思う。
ちゃんと、ずっと、すごい人でいたい。その気持ちはけして悪くはない。だけどそのための道のりでふわふわしやすいのだ。(というか、ちゃんとすごい人になるという目標がふんわりしているよね)
今の自分がどうしたらいいか、道を間違えていないか、気づかせてくれるのは周り。毎日考えさせられる。それがすごくうれしい。ものすごくいい環境だ。

大きなものを作る仕組みづくり、土台づくりはできるに越したことはない。けれどその役割が自分ではないのなら、自己流でやってしまうよりもすでにきれいに整えられたものを見て学んで、必要な時に自分ができればそれでいい。むしろそれが効率がいい。
それに何より大きなすごいものを構成する一つ一つの品質がどれほど大切か。一つでも脆いと、どれだけ壮大なものも容易く崩れてしまうだろう。
わたしの仕事であるシステムづくりのことはもちろん、この考え方は生活のすべてに言えるはず。
身の回りのちょっとしたことからやろう。具体的に言葉にできるくらいの小さな作業を一つずつこなしていこう。
なんたって、大きなことをやる前に、小さなことが終わってないことがほんとうによくある。
一つ一つクリアして、片付けて。達成感を何度でも味わえるのもいい。

いろんなことをどんどんやっていくのは悪くない。
どうせ突っ走るなら、少しずつゆっくりまったり確実に突っ走ろう
わたしの好きな言い回しの一つで、「まったり全力」という表現をよく使う。わたしにとってかなり腑に落ちている言葉。ポリシーにでもしようかな。

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