カベ

目の前にある壁をじっと見る。

僕は乗り越えられるだろうか。
高くそびえ立つこの壁を。

物理学では、確率的に通り抜けることもできるらしい。
でも、ほとんどゼロに近いというではないか。

であれば、乗り越える方が容易いのかもしれない。

中学の頃だったか、
遠い国の人々が、破壊された壁を前に喜ぶ様子を、
ブラウン管越しにぼんやりと見ていたことを思い出す。
当時はよくわからなかったが、
歴史的に何かが変わったのだということだけは、雰囲気から伝わった。
ぼんやりとだけど。

のちに、人々は移動の自由を獲得したんだと知った。

壁は自由を奪うものなのか。
そう簡単には言えないのかもしれない。
時として壁は、自由を守るものでもあるのだろう。


目の前にある壁をじっと見る。

乗り越えられるのか、ぶっ壊せるのかはわからない。
通り抜けは、論外だ。

しかし、試してみる価値はありそうだ。

まずは、深い呼吸から。

次に、

渾身の力を振りしぼり、
細胞のすべてを、
大動脈から毛細血管に至るすべてを、
精神と融合させ、
この有限の世界を超越し、
加速度的に膨張する宇宙と一体となり、
今までになく高揚しきったこの身体で、
この腕で、この足で。
このみなぎる勇気で。
この血走ったつぶらな瞳で。

ウオオオオオオオオオオー。

今の自分ならできるような気がしてきた。

よし!

差し当たって、そこにある扉から出ることにしよう。

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