“遂行機能障害”を理解する① ~定義・症状・神経基盤・評価~
1, 遂行機能(executive function)とは?
日常生活上の課題は目標指向的、あるいは問題指向的であるが、その目標や問題の設定は1つとは限らず、また目標達成のためのアプローチも複数存在することが多い。したがって、複数の目標(可能性)を考え、その中から適当なものを選択すること、それを効率的に達成していくことなどが求められる。また、1つの上位目標を達成するために、いくつかの下位目標を設定し、それら一連の下位目標を系統的に達成していくことも必要である。
遂行機能とはこの「目的をもった一連の活動を有効に成し遂げるために必要な機能」を指す。
遂行機能という語を神経心理学的立場から初めて明確に規定して用いたのはLezak(1982)であると考えられている。Lezak(1995)は遂行機能について①目標の設定、②計画の立案、③目標に向かって計画を実際に行う、④効果的に行う、の4段階の継起的なモデルを提示している。それぞれが明確な行動のセットをもつが、しかし侵される場合には1つだけということは稀で、通常は2つ以上が同時に侵される。Lezakが一貫して取り続けている立場とのことである。
Lezakにとって遂行機能は、通常の認知機能とは別種のより高次なもの、supramodal(様式超過的)なものと見なされていた。通常の認知機能を問題にするとき、私たちが問いかけるのはwhatかhow much(何ができるか?どのくらいできるか?)であるが、遂行機能を問題にするときに問いかけるのは、whetherまたはhow(するのかしないのか?どのようにするのか?)だというのである。
遂行機能が論じられる際、上記のようにLezakによる定義・モデルが取り上げられる事が多い印象だが、他の学者によっても様々な議論がなされてきたようだ。その中で私自身の理解を深めてくれたものについて以下に追記する。
BaddeleyとWilson(1988)は遂行機能を「個々の認知スキルそのものは正常であるが、その認知スキルを用いて行動を開始し、モニターし、さらに行動を調整していくために情報を役立てていく能力の障害」として定義している。前頭前野の障害により、後部脳における認知機能は保たれているものの、それらを動員して課題解決にあたることが困難な病態であるとも概説される症状である。
Sohlbergら(2001)は遂行機能について「大脳後方で成立する感覚知覚情報と、前頭前野における自己内省との間に位置づけ、感覚知覚情報に基づいて行動を適切に方向づけ、心的構えを維持、あるいは変更し、抽象的に思考し、計画すること」を含めている。したがって前頭前野の損傷ではなく、大脳後方の損傷であっても遂行機能の障害が出現しうるという事になる。
後部脳における認知機能の影響を含めるか、含めないか…議論の分かれるところなのだろう。
2, 遂行機能障害の症状
いくつかの文献・書籍を拝読してみたが、遂行機能障害の症状・現象には一貫していない点も多く、曖昧さな印象を受けた。鎌倉(2010)によると「これまでの研究者たちはたいてい、ある一つの特性に着目し、それに固有の名称を与え、その観点から前頭葉症状または遂行機能障害を論じる立場をとってきた。結果はふたたび別の種類の洪水を生み出している…」と述べており、この事が背景にあるのだと思われる。
原(2015)は、「遂行機能が障害されることによって、プランニングの障害、戦略の適用ができない、自己制御の障害、抑制が効かない、ゴール志向的行動が困難、さらに自己洞察ができない、という一連の行動の障害が生じる」と述べている。前頭前野の損傷によって起こりうる障害を概ね網羅しているため、まずはこのあたりを押さえておきたいところである。
3, 遂行機能障害の神経基盤について
≪遂行機能の責任病巣は前頭葉とは限らない≫
Andres(2003)は、遂行機能障害の原因が前頭葉にあるとする古典的な考え方は、多くの研究者がLuriaの影響を強く受けたところからはじまったと指摘する。しかし、Luriaの考えはほとんどが臨床事例に基づいていること、当時はCTもMRIもなかったことを指摘し、根拠事例はいずれも前頭葉にとどまらない広範囲病巣をもっていたことを見逃すわけにはいかないとしている。
≪遂行機能の中心的役割は背外側前頭前野?≫
上記の通り責任病巣に曖昧さはあるものの、遂行機能は前頭葉機能の中で中核的な位置にあるといえる。ここでいう前頭葉機能とは、前頭葉の中でも前頭前野(prefrontal cortex)の機能であり、前頭葉損傷に特徴的と考えられている多くの認知・行動障害は前頭前野領域の病変と関連している。
前頭前野はさらに機能解剖学的に、大きく①背外側部(Dorsolateral Frontal Cortex)、②眼窩部(Orbitofrontal Cortex)、③前内側部(anrerior Medial Frontal Cortex)に区分される。
遂行機能の実現にはDLFC、OFC、aMFCのいずれの領域も動員されると考えられるが、中心的役割を演じているのはDLFCである。下位目標を手順良く実行していくには、DLFCに基盤を置くワーキングメモリの機能が必須である。DLPFCが遂行機能の認知的側面に関与すると想定されるのに対して、OFCは遂行機能の基盤にある動機づけや情動的側面に関与すると考えられる。aMFCが動員されるのは単に下位目標を達成するだけの状況ではなく、長期的な主目標ないし長期目標を頭に置きながら、順次下位目標を達成していく複雑な条件であるとするfMRI実験の結果から、cognitive branching仮説が提唱されている。この説に従えばaMFCは展望記憶を要する状況や、主たる目標のために連続して下位目標を達成していくような状況で動員されると考えられる。
問題解決過程において、前頭前野による実行的側面は、後部脳領域に表象されている目標達成の設計図を経次的に順序立てて実現していく過程であると推測される。
4, 評価上留意すべき点
評価上、最も重要視しておきたいことは“その患者の現実生活の中での障害内容”だということである。たくさんの検査法が存在するが、それらはあくまで補助的なものとみるべきである。机上検査に固執するが余り、かえって生活や障害像が見えにくくなる事を今までよく経験してきた。遂行機能障害を考える際には特に注意が必要である。比較的、トップダウン的に“活動・参加”から“機能”に落とし込む方が整理がつきやすい。
遂行機能はしばしば、健常者の行う事の誇張というかたちで現れる。厄介な側面である。部屋の片づけをしない人は健常者の中にもいるのだし、約束を守らない人も、怠惰な人も、優柔不断な人もいる。冗談のためにわざわざ事実と異なることをいう人もいる。自分自身にも当てはまる点が多そうである。状態が並外れていれば判断に迷う事はないが、そうでない場合は、程度と頻度が病前(受傷前)と異なるかどうかが、病的であるかどうかの判断の決め手になる。病前の生活歴をしっかりと聴取しておきたいところである。
【引用・参考文献】
1)原寛美:遂行機能障害.総合リハ,43(11):1021-1029,2015
2)三村將:遂行機能とは.臨床精神医学,35(11):1511-1515,2006.
3)種村純:遂行機能の臨床.高次脳機能研究,28(3): 312-319,2008.
4)鎌倉矩子・本田留美:高次脳機能障害の作業療法.三輪書店,2010
5)田川皓一:神経心理学評価ハンドブック.西村書店,2004
6)Koechlin E,Basso G,Pietrini P et al:The role of the anterior prefrontal cortex in human cognition.Nature 399:148-151,1999
7)Baddeley A,Wilson B:`Frontal amnesia and the dysexecutive syndrome’.Brain Cog 7:212-230,1988
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?