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立位での動的安定性~“垂直オリエンテーション”を理解する~

中枢神経疾患に関わる中で、下肢や体幹に筋力(支持性)があるにも関わらず立位が不安定、あるいは一時的に伸展することはできてもその姿勢を保持し続けられない、伸展とともに傾倒する…といった方に出会うことが少なくありません。
今回は立位での動的安定性を獲得するためにはどういった思考で介入すべきか。“垂直オリエンテーション”を理解し、構成要素の“順序性”(=介入の優先順位)について考えてみたいと思います。

1, 動的安定性~ヒトのCOM(質量中心)が高くあるべき理由~

まずはヒトの立位姿勢がどうあるべきか、その一つの手掛かりははCOMの位置にあります。
モノが静的に安定するには支持面が広く、COMは低い方が都合が良いはずです。一方、ヒトでは歩行や上肢活動など身体活動が前提となるため、動きやすい条件が必要となります。そのため、支持面を狭く、COMを高くする必要があります。このようにヒトはモノとは異なりCOMを高く維持し“動的安定性”を作り出す必要があるのです。

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2,“垂直オリエンテーション”~COM(質量中心)を高くするための条件~

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COMは重力に引かれ下方を向きます。その重力方向とは真逆に床反力が生じています。まず最初に床反力がどの方向に向かっているかの情報をFeedforward的に捉える事が必要であり、その上で前後・左右の姿勢保持筋を同時・協調的に活動させ漸増していきます。簡単に言うと、方向性を捉えた上で力を強めていくという事になるかと思います。

動的安定性を得る(COMを上げる)ためには、床反力の方向性を捉えるといった“垂直オリエンテーション”が先行する必要があるのです。この“順序性”の理解が重要となります。


3,姿勢定位(Postural orientation)と姿勢安定(Postural stability)の視点

“垂直オリエンテーション”が先行するといった“順序性”の理解を深めるために、Postural orientationとPostural stabilityの二軸で考えてみたいと思います。
Postural orientationとは方向づけるための求心性(入力)のシステム、Postural stabilityとは活動を起こすための遠心性(出力)のシステムと言えます。“垂直オリエンテーション”はこの内Postural orientationに位置づけられることになります。姿勢制御にとってはこの二軸が適切に組み合わさって、運動しやすい条件を作っておくことが重要です。
このPostural orientationを「質」、Postural stabilityを「力」と言い換えて考えてみます。先に「質」を担保して方向づけを行いつつ、「力」を加えていく…この“順序性”が立位での動的安定性を可能にします。逆に「力」だけが先行してしまうと方向のコントロール(微調整)は難しくなるはずです(※不可能とは言い切れないが…)。
Postural orientation「質」、Postural stability「力」、両方が適切に組み合わる事が重要である事は言うまでもありませんが、「質」を担保した上で「力」を要求する…この“順序性”の考え方が臨床上大切になると感じています。

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4,Hennemanのサイズの原理から臨床介入を具体的に考える(足部内在筋&背部深層筋に着眼)

上記の“順序性”についてより臨床介入の視点で深めてみたいと思います。ここで生きてくるのがHennemanのサイズの原理です。

運動ニューロンのサイズは神経系による漸増の順序に影響を与える。小さな運動ニューロンは大きな運動ニューロンに先行して興奮する。
小さな運動ニューロンと連結している筋線維の単収縮は収縮持続時間が比較的長く、振幅が比較的小さい。これらの線維と連結している運動単位はSタイプ(slow)に分類される。なぜなら、Sタイプに属する線維は刺激にゆっくりと反応するからである。姿勢保持のために持続的かつ調節的に働いている筋(姿勢保持筋)においては、比較的このタイプの割合が大きい。これとは対照的に、大きな運動ニューロンと連結している筋線維の単収縮反応は、収縮持続時間が比較的短く、振幅が大きい。これらの線維と連結している運動単位はFFタイプ(fast fatigable=速い,そして容易に疲労する)に分類される。非常に大きな筋力を要求される場合には、大きな運動単位であるFFタイプは小さな運動単位であるSタイプに後発して動員される。SタイプとFFタイプの中間的な運動単位はFRタイプ(Fast fatigue-resistant=速い,そして抗疲労性)に分類される。
小さな運動単位は、通常、運動の際には早い段階で漸増し、比較的小さな力を長時間生み出す。この収縮形態は、弱い収縮による繊細で滑らかな動きのコントロールのためには理想的である。小さな運動単位に後発して大きな運動単位が漸増し、短い時間、大きな力を追加する。この変動する範囲のあいだ中、神経系は、長時間安定した姿勢を維持するための筋線維を賦活させたり、反対に必要に応じてより推進的な運動のために、短時間に大きな力を発揮させることができる。

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小さな運動ニューロンから大きな運動ニューロンへ…中枢神経疾患においては、この“順序性”がうまく機能していない事が多いです。
立位での動的安定性を獲得するためには、小さな運動ニューロンを多く含む足部内在筋が先行して反応し、きめ細かな活動を通して、前後・左右あるいは上下方向の床反力の変化を感知する(=垂直オリエンテーションを得る)ことが必要です。そして足部外在筋やより上部の大きな筋の活動を漸増させていく必要があります。「小さな」筋が先行した上で「大きな」筋の活動が漸増していく。この“順序性”の考え方が臨床上大切であると感じます。

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また、体幹筋においても同様にサイズの原理で考えることで臨床像が深まります。背部の深層筋は“内在筋”と呼ばれることもあるようで、表層の広背筋などとは役割も異なります。深層筋には①脊柱起立筋群(浅層)、②横突棘筋群(中間層)、③短分節筋群(深層)があります。中でもより深層に位置する③短分節筋群(深層)は1椎間連結だけをまたぐ小さな筋であり、高密度の筋紡錘を持っている特徴があります。これらは体軸骨格の繊細な運動制御にとって重要であり、浅層の筋に先行して活動する必要があります。この“順序性”が体幹の伸展活動を持続させる上で、またきめ細かなコントロールのために重要となります。

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5,まとめ

ここまで立位での動的安定性を得るためには先行して“垂直オリエンテーション”を得ることが重要であると述べてきました。その視点に立った上でPostural orientationとPostural stability、②Hennemanのサイズの原理について取り上げて臨床介入する上での“順序性”を考えてきました。
簡単にまとめると、①質があった上で力が必要(逆は難しい)、②小さい筋活動から大きな筋活動…といった治療原則が見えてきます。自分自身、あらためてこの原則に戻りつつ臨床に向き合っていこうと思います。

最後までご一読いただきありがとうございました。



【参考文献・書籍】

1)Donald A.Neumann:カラー版筋骨格系のキネシオロジー 原著第2版.医歯薬出版,2012
2)日本ボバース研究会 北海道ブロック 平成28年度会員向け研修会 研修会資料
3)Patric O McKeon et al:The foot core system:a new paradigm for understanding intrinsic foot muscle function.Br J Sports Med. 49(5):290,2015
4)古澤正道:脳卒中後遺症者へのボバースアプローチ基礎編.運動と医学の出版社,2015
5)Eric R. Kandel:Principles of Neural Science Fifth Edition(日本語版),メディカル・サイエンス・インターナショナル,2014
6)Jean Massion:Postural control system.Current Opinion in Neurobiology.4:877-887,1994


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