【創作BL】天使との再会 / イサノエ(&ベルアン)

 イーサンが天使と出会ってから早一ヶ月が経った頃。あれから天使を目にする機会すらなかったが、イーサンは一日たりとも天使のことを忘れてはいなかった。何しろあの時もらったガムの最後の一粒を、もったいなくて大事にハンカチにくるんでいるくらいである。

 そんなイーサンに転機が訪れたのは、それからさらに一週間が経ったある平日のことだった。

「今日からだね、オケとの合同練習」

 昼休み。人の多い中庭で人気の高い噴水の近くを陣取ったベルトルトとイーサンは、お昼を食べていた。

「今日から?」
「あぁ、イーサンは知らないか」

 一ヶ月ほど前から、オーケストラ部との合同発表会に向けて、コーラスサークルも練習がはじまっていた。それはイーサンも知っている――というか、コーラスサークルの一員だから当たり前だ。オーケストラ部とコーラスサークルの合同発表会は、毎年の恒例行事でもある。
 しかし、季節の変わり目ということもあってか、イーサンは体調が良くなく、昨日一昨日と講義をまるっと休んでいた。それを思い出したベルトルトはごめん、と頭をかく。

「僕も知ったの、一昨日だからね。連絡しなきゃと思ってすっかり忘れてた、ごめん」
「忘れてた、って……。天使、いや、アンジェのことで頭がいっぱいだったんだろう、どうせ」
「レポートとかいろいろあったんだ、本当だよ」

 イーサンから疑いの目を向けられたベルトルトは苦笑を浮かべる。しかし、同じコーラスサークルのアンジェに構っていたのも事実ではあった。とはいえ、未だにろくに会話もできたことはないのだが。

「楽しみだね」
「そうか?」

 楽しみにしているベルトルトとは裏腹に、イーサンはそうでもなさそうで、残っていたサンドイッチの欠片を口に押し込んだ。


     * * * * *


「オケ部とコーラスサークルの合同発表会は毎年恒例なんだ。時期はその年によって変わったりするけどね」

 よく飽きないよな、と本人に気付かれないよう小さくため息を吐きつつ、イーサンはアンジェの後ろをついて歩くベルトルトの後ろをさらについて歩いていた。アンジェはベルトルトの話に耳を傾けてくれたためしがないが、それでもベルトルトはこりずにアンジェに話しかけている。確かにボーイソプラノは稀少な存在だが、ベルトルトがアンジェにそこまでご執心な理由が、イーサンには分からなかった。

 そうこうしているうちに音楽室にたどり着く。ドアは開いていて、オーケストラ部の部員と思われる人たちが行き来していた。中へ入ると、すでに来ていたコーラスサークルのメンバーもちらほら見受けられた。

 相変わらず興味を持たれないのに合同発表会について延々とアンジェに説明をしているベルトルトから少し距離を取り、イーサンは近くの壁に持たれかかろうとした、その時だった。

「あっ、イーサンだ!」
「おっ、お前……は……」

 喧騒の中で突如ひと際大きく聞こえたハスキーなテノール。とっさにイーサンが反応すると、そこにいたのは。

「覚えてる? あの時ケーキ作ってた……」

 身長差によって自然と生まれる天使の上目遣いに、イーサンは言葉を失う。動きに合わせてさらりと揺れるイエローの髪に、くりくりのミントの瞳。これは紛れもなく天使だ、とイーサンが思い直すのに時間は必要なかった。

「覚えてないかぁ。でも普通そうだよね。一回会っただけだもんね」
「お、覚えてる」
「へ?」

 一瞬、しゅんとなって次に苦笑を浮かべた天使に、思わず声を掛けたが、その声は小さく、喧騒にのまれた。

「お、おお覚えてる、ぞ。その節は世話になった」

 特に何もお世話にはなっていないが、言葉が勝手に口から飛び出た。瞬間、天使はぱぁっと満面の笑みを浮かべる。

「覚えててくれたんだ! うれしい! あの時のノエルだよ!」

 人目を気にせず抱き着いてきた天使――ノエルに、イーサンは固まるしかなかった。もちろん、思考は吹っ飛び、頭の中は真っ白だった。

「そういえばイーサン、あの時コーラスサークルで指揮者やってるって言ってたもんね」
「あ、あぁ。天――ノエルはオケ部なのか?」
「うん、そうだよ。あれ、言ってなかったっけ? ぼく、オケ部でフルートやってるんだ」
「……そうなのか」

 広義的な意味では歌も演奏も音楽に含まれるとはいえ、それとこれとはまた別のジャンルだから、イーサンは楽器のことは詳しくは分からないが、フルートという楽器は知っている。特に根拠もないが、なんだかノエルらしいな、とイーサンは思った。

「あ、ぼくそろそろ行くね。今日の練習、よろしくねー!」
「あぁ、よろしく」

 遠くから呼ばれて、ノエルは手を振りながらイーサンの前から去って行った。
 その後ろ姿をぼんやり見つめていると、不意に肩にぽんと置かれた大きな手。

「イーサンもご執心な子がいるんだね」
「……ベル、お前、いつから見ていた」
「少し前かな」

 にこにこと人当たりのいい笑みを浮かべるベルトルトに、イーサンはため息を吐くしかできなかった。


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