【創作男女】願わくば / イーサン×マリー

「あら、イーサンも今帰り?」
「……マリーか」

 突然の雨に、折り畳み傘を鞄の中から探していると、不意に呼ばれた名前。
 オーケストラ部のマリーことマリエラだった。台詞と、背中に楽器ケースを背負っているのを見るあたり、彼女もちょうど今帰りらしい。

 イーサンはコーラスサークル、マリーはオーケストラ部に所属しており、一見接点のない二人だが、年に一度か二度合同で発表会を行っており、その練習で知り合った。イーサンは学生指揮者、マリーはバイオリンでトップサイドを務めており、ポジションが近いのだ。

「突然の雨なんて、ついてないわね」
「天気予報でも雨なんて言ってなかったからな」
「……イーサンらしいわね」
「……何がだ?」
「天気予報を当てにしているあたりよ」

 そう言ってめずらしく笑ったマリーに、イーサンの胸がどきりと一瞬跳ねる。それを悟られぬよう、イーサンは咳払いをしてごまかす。

 最近の空は不安定で、晴れていると思ったら次の瞬間雨が降り出したり、その逆もしかりだ。天気予報はあまり当てにならない。

「それで、傘はあったの?」
「あった」
「そう。よかった。じゃ、家まで送ってくれない?」
「えっ」

 思わず目を丸くしてしまったのは、彼女を家まで送るのが嫌だったからではない。というか、彼女のことが苦手だったらイーサンだって早々に距離をとっている。

 ――だから、そうではなくて。

「嫌なら無理にとは言わないけど」
「ま、待て! 嫌とは言っていない!」

 なんてことない涼しい顔で、この雨の中を帰ろうとするマリーの肩を掴んで必死に止める。マリーはぴたりと足を止めて、振り返ってイーサンの顔を見上げた。

「……こんな雨の中、女性をずぶ濡れで帰すわけにはいかないだろう」
「ふふ、イーサンってやっぱりそういうとこるあるわよね」
「そういうところって、どういう」
「紳士的なところ」

 すでに真っ赤になっているイーサンに追い打ちをかけるように、さらりとマリーは言いながらイーサンの隣に並ぶ。イーサンもマリーも細身といえど、やはり折り畳み傘の中は少し狭すぎて。

「もう少し寄ったら?」

 歩きながらマリーに距離を詰められ、イーサンも仕方なしに少しだけマリーのほうへ距離を詰める。

 ――好きな人と、突然の相合傘なんて、心の準備がすぐにできるわけなくて。

「傍から見たら、わたしたち、カップルに見られたりして」
「……だから、君はいつもそういうことばかり……」
「大丈夫よ。こんな日に誰も傘の外なんて気にしてる人なんていないわ」

 しれっと言うマリーに、イーサンは悲しいような、そうではないような複雑な気分になる。確かに自分とマリーは恋人同士ではないし、男女間に友情が成立するのなら友人という関係なのだろうし、それ以上でもそれ以下でもないのだろうけれど。

「でも、イーサンとならそう思われてもわたしはいいけどね」
「……マリー」

 それっきり鼻歌を歌い始めたマリーに、イーサンは今回もやられっぱなしなのだった。

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