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⑧攫われの姫君と、聖騎士の忘れ形見

朝食を済ませ一度部屋に戻る。
さっきの喧騒から静寂へと場面が転換する。
朝の日差しが差し込んで来る窓の外には、活気づく街の様子。
そもそもジェフはここへ商売をしに来たわけである。
ベッドに横になり足を組み考え事をしていた。
王都まで、責任持ってエリーを送り届ける。
それはもちろん、そうするが……。

ーー俺はその後、どうすればいい?

などとそんな、今は不毛なことをつい脳内で会議を開いてしまう。
そもそもエリーを送り届けることが出来る前提が、保証はないわけで、絶対的な自信はない。
俺は無力だ。
魔力を操れるとして、用いる方法の知識に乏しい。
で、あれば、王都で勉学に励むか?
いや、そこまで机に向かう気力があるだろうか……。

「今、よろしいですか?」

訪問者のことを考えて、開けっぱなしにしていたドアを軽くノックをしながら、エリーが声をかけてきた。

「どうした?」

「少し街を見て回りたいなと、思いまして」

「わかった」

俺は返事をすると、剣を手に取った。

「その……さっきのなんですけど」

「さっき?」

「忘れましたの? か、間接キスのことですが……」

「だからそれは謝ったじゃないか」

「違います!そうではなくて……何か変化はあったりとかです」

エリーの言ってることがよく理解できなかったが、特段、体に異常はないことを伝えた。
彼女は少し残念そうな顔をしながら、部屋を出ていった。
エリーの後を追うようにボスウェルの街を散策する。
路地裏の隅であの黒猫が眠っている。
少しスウィントンと似ている街並み。丘の中腹に位置しているからか坂道が多い。
レンガと木組みの建物が整頓されたかのように十字路を綺麗に形成している。
石畳は凹凸を削ってあり歩きやすい上、馬車の往来は禁じられているからか車輪との摩擦で生じる轍もない。
あちこち、エリーの好奇心のまま俺たちは街中を練り歩いた。
歩き疲れて、ランチ営業をしてる酒場で少し早いお昼にした。
スパイスの効いたスープと皮目がパリパリのチキンを平らげて、次は広場へ向かった。
そこには行商人の露店や、大道芸を披露する芸人達が集まっていた。
まるで、流浪の民の集団だ。

「見てくださいルカ、珍しい生き物ですわ!」

エリーは大道芸人の持つカメレオンを指差し、興奮を隠せない様子である。

「火を吹きましたわ!どうやってやってるのでしょうか……もしかして彼も魔導石を……」

「違うよ。強い酒を口に含んで綿についた火に向かって吹いたのさ」

芸人の一つ一つの芸に、感動するエリー。
次はジャグリングに夢中になっていた。
微笑ましい光景だと俺は数歩後ろに引いたところからそれを見ていた。

「ねえねえ、君!」

亜麻色の旅人ローブのフードを深々と被った女性が声を掛けてきた。新手のナンパか何かかと訝しげな顔で俺は彼女を見た。

「君えっと……何だっけな私と似た名前の……」

「似た名前? 誰か探してるんですか?」

「探してるんだけど、見つけたというか……あっ!君、ルカ君でしょ!」

「えっ? は、はい……」

「やっと見つけた!確かに、若干魔力が混じってる!」

彼女が何を言っているのか分からないが、どうやら俺を探していたというのはやんわり理解できた。

「ちょっとこっち来て!」

「え、あっちょっと!」

ぐいっと腕を引っ張られ俺は路地裏に連れて行かれた。
人の目につかないところまで来ると彼女はフードを脱いだ。

「私はリュカ。竜人族なんだ」

「竜人族……? あまり人里に来ないって訊くけど」

「ちょっとしたワケありでね。君を探してる人が居て、連れてきてほしいって」

「もしかして、スウィントンの?」

「スウィントン?」

リュカはどうやらスウィントンのことを知らないらしい。
ということは、追っ手の誰かと言うわけではないのだろうか?
いや、そうは決まっていないと、俺は警戒心を保ったままにした。

「荒野の魔女って知ってる? 彼女に頼まれたの」

「荒野の魔女……そう言えば酒場でそういう会話をしてるのを聞いたな」

エリーと昼食を摂った酒場で、後ろの席の他所の行商人の傭兵がその言葉を言っていた。エリーもその言葉に少し反応していたから気になっていた。

「というわけで……」

リュカは光りに包まれると絵本に出てくるようなドラゴンに姿を変えた。
しかし、大きさは馬と同じくらいのサイズで、絵本に出てくるようなバカでかいドラゴンとは違った。

「背中に乗って!」

リュカがそう言うと襟元を咥えて俺を背中に乗せ飛び立った。

「え、ちょ……!」

高い。こんなに高い所は初めてだ。
これが空を飛ぶということか。

「待って!俺、人と一緒にいたんだけど」

「待ってって……早くしなきゃ里の皆んなが大変なことになるんだ」

「大変なこと?」

「今竜人族の里では流行り病が蔓延してて、その特効薬を作ってもらうお金の代わりに、ルカを連れてくるように言われたんだ……」

「……断れないじゃないか、そんなの。で、何処に行くんだ?」

「王都」

王都に向かうことはそれは目的地ではある。
が、俺一人では意味がない。エリーを送り届けるために、王都へ行くのだから……。
リュカはどんどん進んでいく。もうすでに二つくらい大きな山は越えただろう。
眼下に広がる樹海。そして、一つだけ集落が見えた。

「あれが、竜人族の里だよ……」

「意外と小さいんだな」

「だからこそ、数が少ない分、流行り病でたくさん死んじゃうともう絶えてしまう……」

「竜人族って皆んな変身できるのか?」

「私は特別……魔導石を持って生まれたから」

「……そうか、だから俺がわかったのか」

「うん。君のは異質だからわかりやすいって言われた。なんでも、実験がどうこう言ってたな。難しい話でわからなかったけど、とにかく特徴があってわかりやすいって」

「実験……?」

俺もそれが何を指すのかわからなかった。
エリーなら、この国の姫様ならなにか知ってるだろうか?
とはいえ、エリーだってまだ子どもだから、国政に携わることもしていないだろうし、そもそも国王からは距離を置かれているようだった。

「あれは……」

遠くに王城が見えてきた。そしてその足元に、これまでの街とは比べ物にならない城下町が広がっていた。
リュカに頼めば、エリーを早く王都へ連れていけると考えながら俺は眼下の草原を見下ろす。
エリーはこの高さ大丈夫かな、だなんて脳天気なことを考えていた。


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