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神の裁きと小さな神の意見と


太古からの神の裁きと訣別したというのに、その代わりに人はその身のうちに小さな神を飼うようになってしまった。裁かずにはいられないのだ。見たものすべて、聞いたものすべて、触れたものすべてを強迫的に断罪していく。そして、それは小さな神に相応しく裁きとは言われずに意見と呼ばれる。神の裁きは重かったのに、小さな神の意見は恐ろしく軽い。神の裁きは劇場で見せつけるように演じられるのに、小さな神の意見は目に見えないようにして、さも本当のことらしく呟かれる。架空の飛沫に乗ってウィルスのように飛散し、人々を感染させていく。多くの場合、意見は尊重されるので、ウィルスもまた自分自身は善を為していると思っているのかもしれない。遺伝子という意見を交換しているのだ。建設的に、主体性を持って。作用と反作用でより良き社会が実現されると過信して振り返らない。ウィルスの全方位性は反省を促さない。過去から現在の長きに亘って、神の裁きにより多くの人が死んだ。それをなかったとは言わせない。正確には神の裁きに見せかけようとした人々の思惑、狡猾さにより殺された。それなのに小さな神の意見によっては人が死なないとでも思っているのか。神の裁きの体内化は無数の小さな神を増殖させたのだから、それぞれがすぐ傍の隣人に手をかけていってしまえば、絶滅は容易に達成されることになるだろう。そうならないためには、神の裁きと訣別した後で、一体どういった闘争が可能なのかを考えなければならない。問題なのは誰も闘争しようとはしていないことだ。問題だとすら多くの人は思っていない。善きことであるとすら思っている。前衛の宗教が開始されている。抽象画の宗教だ。磔刑は色と線のかたちを成さない組み合わせのみ。またはプログラミング言語から読み取れる磔刑図のコード。神の裁きから訣別しようとしたときの闘争とは別の闘争を始めなければならないのに、神の裁きからの訣別がどのように成されたのか、誰も思い出せない。果敢にも神の裁きに挑んだ人々の敗北した記録した残っていない。勝ってはいなかったのだとすると、何が起こったのか。敗北を喫し続けていることに耐え難くなった挑戦者のうちのひとりがあるとき、神の裁きを食したのだ。さらなる空腹を引き起こすだけの神の裁きを。飢えに飢えてもはや神ではない他人の裁きに食らいつき、噛み砕いていく。そして、その結果が裁きと正義を混同した浅ましい泥濘でののたうちまわり、自分の周囲に泥を掻き集めて、塔を建てようと必死になり、脆い泥は崩れ、生き埋めになって、泥の言葉に殺されかかってもなお泥の言葉を食らう。泥が乾き切る前に身を引き剥がせ。乾いた後では時既に遅し。泥は栄養と身体に誤認されるだろう。泥の温もりははじめは心地良く感じるが、次第に痛みを伴うようになり、身動きがつかなくなるだろう。あるいは泥の言葉で人もろとも小さな神を窒息死させるしかないのだろうか。

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離れたところに住む、生んだ子が、特に抵抗することもなく、腕を差し出したと聞いてから、本が読めなくなった。ついこの間までは、趣味は「立ち読み」と言っていたのに、本屋に行っても手に取りたい本が1冊もない。

あまり賢いほうではないから、無理矢理にでも本を読むために、なんだかんだと通信の学生などをやってきた。今も学生なんだけれど、全く本も読めないし勉強もできない。

読むといえば、ネットで読むあの騒ぎに関連することばかり。

直接、私にできることなど何も無いのは分かっているのだから、さっさと自分を立て直して、私の”専門”というにはおこがましいが、深掘りしてきたテーマの続きをするべきだとは思う。気が遠くなるような遠回りだけれど、間接的には、それがこの流れに少しでも抗うことになる。

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「お互いの意見の尊重」という一見民主的で理知的な言葉が、生命を軽んじている。生んだ子の口からその言葉が出たとき、生んだ者である私は涙があふれた。反芻などするものじゃないと思うのだけれど、折に触れては突き刺ささって、涙が出る。

上手く説明できないのだ。

指一本で簡単に画面から消し去ってしまうようなご時世、長い説明など聞くことはない。それ以前に、私の生きてきた過程で得たことだから、それを言語化することが難しい。もし、その作業を成し遂げたとしても、もう、その頃には腕を差し出しただけではなく、生命の危機に陥っているかもしれない。

幸い、私には神がいる。特に信仰心があったわけでもないし、今も既存の宗教に属しているわけでもない。死ぬ元気もなかったときに、生きる方へと引っ張られて、神の存在を理解した。だから、他人様のエゴに従う気はないが、自分の”主体性”とやらはできるだけ芽生えさせないで、力を抜かなければいけないと思っている。

私の左手首は神が握っている。

右手を精一杯泥濘に向って伸ばし続けるのかもしれない。神が私の手を放すまで。



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