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お仕事

立て続けに、「好き」を仕事にしたい人(と言っていいのか分からないけれど)の記事に出会った。

20代のころ、自分は何がやりたいのか分からないまま、就職活動をし、総合職で会社に入った。ちょうど男女雇用機会均等法ができたころ。「総合職」なんて名前だけで、ちゃんと女性を活用してますよ!という会社の広告塔に過ぎなかった。一般職と何ら変わらないというか、一般職より仕事をさせてもらえなかった。長く続けられないなと思った。それなのに、パイオニアなんてやりたくないから、出産を機に辞めた。

紹介させていただいたお二人は、私よりずっとお若い人たち。文才もなく、絵も描けない私からすれば、そうやって、自分の得意なことがあって、それを生かして仕事をしたい!って思える人が羨ましかった。だから、せめて、資格を取って、その資格を生かして仕事をしようと思った。色々と資格を取ろうとしたが、結局、中年になってからしぶしぶ取った資格で、10年、非正規で仕事をさせていただいた。

その一方で、薬害を通じて、社会のからくりが分かるようになった。

「仕事」という言葉についていろいろと考えるのは、私が社会の落伍者だからだと思う。
「仕事だから」と言うと「この紋所が目に入らぬか!」と言っているようなもので、万能の言い訳だ


昔は、男が命がけで狩りをして、獲物を殺して、それを家族のもとに持って帰ってきた。「殺るか殺られるか」の命のぶつかり合いで、血なまぐさいものだ。それが、今は目に見えて命を奪うということはほとんどなく、報酬をお金という形で得る。

一方、女は、命を産み、育て、繋ぐ仕事をした。そういう役割分担だった。それが劣った仕事であるという価値観を広めたのが、フェミニズム。

それはさておき、男がそうやって、命がけで獲物を得るのは、家族に食べさせるためだ。でも、得るものがお金になってから、その多寡が仕事の価値を表わすモノサシになり、その仕事をしている人間の価値のモノサシになった。そこにフェミニズムが乗っかって、それを女性にもよこせ!と騒いだ。

と、私は理解している。

でも、仕事って大変だけれど、面白いこともあるし、万能の言い訳もできる。それに仕事をしていなければ、福祉に繋がっているのかと、周囲から詮索される。

もちろん、無くてはならない仕事もある。でも、別に無くてもいい仕事も多い。私は、年齢的にはそろそろ引退にさしかかる時期ということもあって、無くてもいい仕事に就いてまで、「万能の言い訳」をしたいと思わなくなった。養うべき人もいないし、私自身は1日1食で、コストもあまりかからない。いざとなれば不食の人になれる?


とは言え、私も「フリーライター」を名乗ろうかと思っている。姑と同居するようになったら、姑にご飯を作ってもらうつもりでいる。食事作りは、一人暮らしを長くやってきた「姑の仕事」だから、取り上げてはいけないと思う。でも、子育てが終わった嫁がプーだと、そのうち不協和音が生じると思う。だから、私にも仕事がいる。

本当は、食糧難に備えて、自家菜園がしたい

私はいざとなれば不食の人になるけれど、それができない人のために自家菜園をしたいと思っているのに、姑も他の人も危機感が全くない!私一人が焦ったところで、空回りだ。上手く収穫できたとしても、お金に換算すれば大したこともないだろう。姑は、そんなことよりも、お金を得ることのほうがいいという価値観だと思う。商売人だからね。

小さいけれど、舅が手入れしていた庭を、今もお金をかけてきれいにしている。それを畑にしたいなんて言えないというのもある。顔面オムツをしてまで、お金を稼ぎに行きたくないし、姑が高齢で足が悪いから同居するのだから、在宅ワークがいい。


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「最初は廃屋みたいなところで社会の裏側と思っていたんですが、ふだん歩いていたら誰も気づかないような小部屋に神々しい世界があることがわかりました。お客さんたちの人生を肯定できるようになったし、ぼく自身の人生も肯定できるようになりました」
それはお弁当配達のモラトリアム青年が写真家に生まれ変わった瞬間かもしれない。1年半後の14年、「もういいな」と思えたので、お弁当屋を本当に辞めた。10年経っていた。今の時代、ドキュメンタリーの写真集を出すことは難しいので、半ば諦めかけていた。しかし19年に京都で写真コンペに出展するとグランプリを獲得、それを見ていた編集者から声が掛かり、お店を辞めてから7年後にようやく実を結ぶことができた。         (「廃屋のような場所で見つけた、神々しい世界──弁当配達とレンズを介し、独居老人と向き合った男の10年」より)

どういう状態を「廃屋」というのかは分からないけれど、ちょっと分かる気がする。姑の住んでいる街は、かつてはあふれるような活気があった。今、商店街はシャッター街になり、年寄りだらけの街になった。

私もいい歳をして、言ってみればモラトリアム。レンズを向けるのではなく、文を書くことで、何かできればいいなと思う。

なんだかんだと、ブログやレポート、論文などをずっと書いてきたが、インタビューをしたり、それを物語にしたことはない。だから、しばらくは修行。

私がそこそこ書けるようになるまで、姑には長生きしてもらおうと思う。


(タイトル画像:https://www.bookbang.jp/review/article/705618より)



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