相容れないもの

 会社に行っては家に帰り、特に何もしない同じような毎日。今日もいつも通り、会社へ出かけた。
 その日、僕は一目惚れした。
 僕は彼女と出会った。

 彼女は僕よりかなり年下で、まだ小中学生ぐらいだった。しかしよく見ると、腰がくびれ、全体的に丸みを帯びた体型だ。背は低く、胸は小さいものの膨らみかけのようで、その身体は大人の女性に、少しだけ、だが確実に近づいていた。そして、朝の光を受けて輝く髪を風になびかせ、透き通る宝石のような瞳をしていた。思春期特有の匂いとシャンプーのような、甘い香りが漂う。

 僕と彼女はすれ違う。たった一瞬の出来事だった。彼女にとってはそのはずだ。しかし僕の方は、その瞬間を忘れることができなかった。彼女を、忘れられなかった。その日は一日中、彼女の事で頭がいっぱいだった。

「おい、何とぼけてんだ。とっとと働け」

 仕事も手につかず、しっかり者の同僚に注意された。

 あの子、服の下はどうなっているんだろう。本当はどんな体型をしているんだろう。もし裸になったら……。
 今朝すれ違っただけの少女に、どうでもいい妄想をあれこれ膨らませる。

 会社から帰った後も、彼女の事を考え続けた。
 もし彼女と恋人になれたら、結婚できたら。
 彼女と同じ屋根の下で暮らす想像をしながら、独りで寝床につく。

 今夜は、夢を見た。彼女と二人きりの夢だ。
 同じベッドに横たわり、お互いの身体を近寄せ合う。ハグしたり、キスしたり、ふざけ合ったり……もちろん、あんなことやこんなこともしたり。

 幸せな時間はあっという間に過ぎ、朝になった。

 別の日。その日も同じように、会社へ出勤した。しかし、いつもより仕事が早く終わり、夕方頃に会社を出た。
 帰り道を歩いていた時、また彼女の姿を見かけた。夕焼けに照らされたその髪は、風になびく。
 なんてあんなにも綺麗で、可愛らしいんだ。可愛すぎる。完全に興奮して理性が効かなくなって、僕は彼女に近寄ろうとした。

 その時。突如、何者かが引き止めるように、僕の背中を掴んだ。

「やれやれ、あと少しで危ないところだったな」

 会社のしっかり者の同僚で、仲良しの友人だった。

「別に、何も悪いことしようとしたわけじゃ」
「やめておけ、絶対後悔するぞ」

 普段はユーモア交じりにジョークを飛ばす友人が、いつになく真剣な様子だ。

「わかっているけど、男が女を可愛いって思ったり、色々考えたりするのは仕方ないでしょ」
「確かにある程度はそうだ。だから心の中では何を思っても良い。例え、人には受け入れられないようなどんなニッチな趣味でもな。ただし、その願望を心の中に留めている場合に限る。実際にしてはいけない事だってある。今まさに、お前が彼女に対してやろうとした事だな。それに彼女はまだ、何も知らない無垢な子供だ」

 『性的同意年齢』という言葉がある。
多くの国では十六歳未満と性行為をすると、同意があるなしに関わらず罰される。子供は自己責任で意思決定する能力が、大人に比べ未熟だといわれているからだ。

「人の身体を同意なく触る事はもちろんだが、その人の同意なく性的な視線を向ける事も許されない。それをすれば、逮捕されることもある」
「でも、女をジロジロ見るのをやめるなんて、失明でもしない限り無理だよ。それにやめたら、子孫も残せなくなる」
「じゃあ、お前はまったく知らない男から、ずっとジロジロ見られてもいいのか」

 ガタイのいいゴツい男にだなんて、想像しただけで気持ち悪くなってきた。

「そんなの嫌だよ」
「自分がされて嫌な事を相手にもするな、ってのはそういうことだ。彼女はお前を楽しませるために生きているのではない。彼女は彼女が楽しむために生きている。人間として当然の権利を踏みにじるようなことがあってはならない」
「でも、女の子にだったら、ジロジロ見られたりキスされたり、何でもされたいな」
「あっ、勘違いするなよ。自分がされて嬉しい事でも、必ずしも相手にして良い事とは限らない。性格も好き嫌いも、何をされて嬉しいかも、人それぞれみんな違うからだ。そういう意味では、すべての人間は平等ではない。
 そして、大人と子供は真の対等な関係にはなれない。現実を知りすぎた大人と何も知らない子供とでは、見ている世界にあまりにも差がありすぎるからだ。
 例として、今、現実の世界では成人と未成年は簡単に相容れない。中には、未成年との真剣な交際だってあるって言う中年親父もちょいちょい見かけるが、成人と未成年の恋愛はあくまでも空想に留めておくべきだと俺は考える」

 友人に諭されても、すぐには彼女への恋を諦める気になれなかった。しかし、真に彼女の幸せを願うならばと、彼女が成人するまでの間は距離を置くことに決めた。

「うん、わかった。彼女とはしばらく、距離を置くよ」

 それからというもの、僕は毎日、彼女が今日も笑顔でいられるように、しかし手は出さずにただ静かに、想いを馳せる形でそっと見守ることにした。

 彼女には、最低でも成人するまでは生きていてほしい。そして、大人になっても死ぬまで、彼女の望む通りに生きていてほしい。

 心の中でそう願いながら、僕は今日も通勤途中で彼女とすれ違うのだった。

おわり

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