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【第3弾】”Spiber株式会社”のマーケティングトレース

こんにちは、管理人です。

今回も、学生達が取り組んでくれたマーケティングトレースの成果物を紹介していきます。

前回の記事はこちらです。


第3弾として取り上げる企業は…
「Spiber株式会社」
です。

おそらくほとんどの人が聞き馴染みのない社名でしょう。
Spiber株式会社(以下、スパイバー)は、山形県鶴岡市に本社を置く、世界からの注目度が非常に高い日本発のバイオベンチャー企業です。
社名のスパイバーは、「クモ(spider)」「糸(fiber)」の掛け合わせで生まれた名前です。その名が示す通り、「クモの糸」を実用化・商用化するというプロジェクトのもと、大学発で立ち上げられました。
実はこの「クモの糸」、兼ねてから”夢の素材”だと言われていて、タンパク質を主成分とし、鋼鉄や炭素繊維よりも高い強靭性と、再資源化もできるクリーン要素も兼ね備えた優秀な素材なのです。

では、一体スパイバーはこの「クモの糸」からどのような着想を得て、現在はどんなビジネスに昇華しているのでしょうか。早速、マーケティングトレースしていきましょう。




1.企業概要

まずは、企業概要です。


設立は2007年と、比較的まだ若い会社でありながら、大型な資金調達にも成功しており、市場における期待値が高いことが読み取れます。その期待の先には、次世代に欠かせないサステナブルな素材の開発と、その技術の提供を通じた、世界中の人々のウェルビーイングへの貢献に対する強い思いと覚悟があります。


2.スパイバーを選定した理由

今回なぜスパイバーをマーケティングトレースしようと考えたのか、その理由は大きく2つあります。

①国内スタートアップ企業の中で評価額が1,000億円を超えている数少ない企業だから。

理由の1つ目。想定される時価評価額が1,000億円を超えると言われているからです。この1,000億円という数字、大きな意味がありますが、ご存知でしょうか。

世界中には、非上場でありながら、数多くの投資家から高い企業価値を見出されている非常に貴重で稀有な企業が存在しています。これらの企業は、幻の生き物「ユニコーン」に喩えて「ユニコーン企業」と評されることがあります。有名なユニコーン企業だと、中国の「ByteDance」やアメリカの「SpeceX」などが挙げられますが、実は日本国内においてユニコーン企業と評される会社は指折りしかありません。というのも、ユニコーン企業と認められるには「非上場」且つ「想定時価総額が10億ドル以上(約1,000億円以上)」等といった条件があるためです。ベンチャーやスタートアップの気運が諸外国と比較してまだまだ未成熟な国内市場においては、より貴重な存在なのですが、今回のスパイバーがまさにこの有数の「国内ユニコーン企業」なのです。


評価額が1,000億円を超えている国内スタートアップ企業のランキング


次に、理由の2つ目です。

②このラインナップの中でも、「素材開発」という特徴があるから。

「評価額1,000億円超え」という実績だけでも特筆に値しますが、同じくランクインしている企業と比較をすると、一つの傾向が読み取れます。それは、「事業内容」です。他の企業は”アプリケーション”や”プラットフォーム”といったテック系の市場に参入し事業を行っている傾向が強いことが分かります。DX化推進の時流を捉えた事業であり、これからも市場拡大の余地があることは想像に難くないのですが、一方でスパイバーが生業としているのは「素材開発事業」。ITビジネスと比較するとコストもかかるし、よほどの革新的な技術イノベーションを起こせない限りは、市場をロックインすることは容易ではないはずです。それでも挑戦し、国内企業でも有数の評価を得ている…その源泉を創りだしているのは、一体何なのでしょうか?



3.製品について

前述から、スパイバーはとある革新的な素材開発技術によって国内スタートアップの中でも指折りの評価を獲得していることが分かりました。それでは、一体何がそれほどまでに評価されているのか。いよいよその本流に迫っていきましょう。

まず、スパイバーは一旦どんな素材を開発しているのか?

答えは、自然由来植物性たんぱく質素材「ブリュード・プロテイン」です。

当初は、夢の素材である「クモの糸」を再現し量産化することを命題に、人工クモの糸”QMONOS”の開発に成功しました。強靭な繊維素材として、衣類をはじめ、自動車の座席シートにも重宝され、安定的な量産体制を目指すため、トヨタグループで主に樹脂部品を取り扱う「小島プレス工業株式会社(愛知県豊田市)」と協業するなど、その可能性の幅を一気に広げました。しかし、QMONOSは水やお湯に濡れると収縮してしまうという弱点も抱えていました。そこで、更なる素材開発が推し進められ、現在はその弱点を克服した新たなバイオマス天然素材である「ブリュード・プロテイン」が完成したのです。その製法は、以下の通り。

「ブリュード・プロテイン」の製造工程では、石油由来の原料を使用しないため、環境への負荷が非常に少ない点が優秀です。それだけでなく、素材自体の強靭性と柔軟性も折り紙付きで、まさしく「夢の素材」を人工的に具現化した次世代の素材開発技術の結晶だと言えるでしょう。

では、本素材は実際にどのような最終製品へと姿を変えているのでしょうか。その一例を以下に紹介します。


ご覧いただいた通り、業界大手の企業とタッグを組み、付加価値の高い衣料品や化粧品への活用に加え、著名なデザイナーとのコラボレーションも実現するなど、着実に市場における影響度を増していることが理解できます。



ここまで、スパイバーという企業のあらましと、その特徴的な事業・製品についてふれてきました。そしてここからはいよいよ、本格的なフレームワーク分析に移っていきます。環境要因の分析に加え、競合他社と比較した特徴、企業特有の課題などを、詳細に紐解いていきましょう。


4.フレームワーク分析

4.1 PEST分析

まずは、スパイバーが属する業界を取り巻く環境要因について分析します。

↑のスライドから読み取れる要点は、「安全・環境への意識の高まり」「サステナブルな新時代を創るための技術へのニーズ」でしょう。
素材ビジネスに求められていることは、もはや「低価格・高品質」に留まりません。世界中でSDGsが謳われるようになり、環境問題・労働問題・経済安全保障について一人一人が責任を持たなければならない時代が到来しました。この時代においては、スパイバーが推進する持続可能な植物由来の素材技術を求める声は今後も増えてくることが予想されます。

4.2 5Forces分析

次に、5Forces分析を用いて業界内の競争関係を見ていきましょう。

ここで得られる気づきとしては、「競合他社の脅威が一定存在している」ということでしょう。人口タンパク質の素材開発というニッチな市場でありながら、先のPEST分析でも理解できるように、将来的にスケールする可能性の高い分野でもあります。先見の明を持って市場に参入してきている競合も存在しているということ、また「京セラ」といった大手企業もその手を拡げつつあるということ、代替的な機能を有する繊維製品の開発を行うメーカーも台頭してきている状況などを加味すると、スパイバーが今後も独走状態を簡単に維持できるわけではなさそうです。

4.3 STP分析

競合の存在が確認できたところで、次にその競合を意識した形でどのようにターゲットを特定しているのか、STPで分析を加えていきましょう。

ここでは、直接競合である"Bolt Threads"社と"AMSilk"社とを比較対象とし、どのようなポジショニングで差別化を図っているのかを分析しています。
設立年が1年違いの3社は、その価格帯や生産体制によって異なる立ち位置をとり競合していることが読み取れます。小ロットでターゲットを絞り込み、比較的高価格帯のビジネスモデルを築いているBolt Threadsと、量産体制を確立させ、幅広い販路を持つAMSilkはどちらもスパイバーにとって大きな脅威を持つ存在であると言えるでしょう。「ブリュード・プロテイン」の技術で付加価値と独自性を持ちつつも、ターゲティングの工夫の余地やリポジショニングの可能性等は探っていく必要がありそうです。

4.4 4P分析

フレームワーク分析の最後は4P分析です。ここでは、強力な競合他社相手にスパイバーが展開するマーケティングミックスの特徴を紐解いていきましょう。

Product(商品)を象徴するのは、何といっても独自技術で開発された「ブリュード・プロテイン」です。化石資源を用いないため非常に環境に優しく、再資源化もしやすいことから、クリーンな素材ニーズのある企業からは引き合いが強いです。したがって、ターゲットも繊維を取り扱う企業を広範に捉えており、優れた点であると言えるでしょう。
Price(価格)では、まだまだ低コスト化の余地があります。スパイバーを超える量産体制を敷いている競合他社も存在する中で、以下に素材の質を落とさず生産性を向上させ、低コスト化を実現するかは一つの課題でしょう。
Place(流通)では、顧客の希望にあう素材を直接卸しているという点が特徴です。すでに海外にも支店を構え、衣料品業界や医療品、自動車業界など、様々な業界のニーズに迅速に対応できるチャネル体制を持っています。
Promotion(広告)では、協業するGoldwinの社長が直接的に関連産業の企業に声をかけてくれるなど、着実なコネクションを築き拡げていく関係性にあることが強みだと言えます。

以上のことから、コスト面でも課題はありつつも、自社に適したマーケティングミックス戦略を実行していることが理解できます。


5.分析結果の考察

さて、ここまでの分析結果を踏まえ、スパイバーという会社のマーケティング戦略について、考察をまとめましょう。

環境分析から、非常にポテンシャルがあるニッチ市場であることが明らかになりました。しかしながら、スパイバーと激しく競合する可能性のある他社の存在も無視できず、完全な独走状態であるとは言えません。独自性の高い「ブリュード・プロテイン」の技術は持つものの、それをいかに安定的且つ大量に生産できるか、そして、大量生産から得られる経験効果を通じて、新たな素材開発に着手し、更なる差別化を図れるか、といった点が今後のスパイバーのマーケティング活動において重要なポイントになりそうです。


6.自分がCMOだったら

最後に、自分がもしスパイバーのCMOだったら何をするか?を考えてみました。

1つ目のアイデアは「和服用の繊維の開発」です。
現在直接競合している企業は海外の企業が多いため、日本独自の伝統的な文化を取り入れた「和服用の製品」を開発することで、国内市場におけるポジショニングをより強固なものにしつつ、海外の事業家・投資家へのアピールにもつながるのではないかと考えました。

2つ目のアイデアは「大衆向けブランド」とのコラボです。
現在ターゲットとしている顧客企業は、比較的高価格帯のブランドが多くを占めています。同様のターゲットを設定する競合が存在していることからも、より大衆向けにターゲットを拡げ、著名なファストファッションブランドとのコラボレーションを実現することで、認知度を上げることが出来るのではないかと考えました。これを実現させるためには、やはり、先に述べたような課題である「量産体制の確保」が重要になってくるでしょう。



≪教員コメント≫
本人たちにとっても中々馴染みのない技術であり、事業だったかと思いますが、専門的な素材技術に関する特徴の精緻な理解に留まらず、非常に丁寧にフレームワーク分析を行えている点が素晴らしいですね。ニッチな市場にもかかわらず、強力な競合他社が既に存在していることには驚かされましたが、事実ベースで冷静にスパイバーの立ち位置を分析し、強みと課題を抽出したうえで、今後の事業展望に対する現実的な示唆を提案を加えられているところが、本当に感心しました。


【参考・引用資料】
STARTUP DB,「国内スタートアップ評価額ランキング【2023年1月版】」(https://startup-db.com/magazine/category/research/valuation-ranking-202301)
NEDO Web Magazin,「構造タンパク質の人工合成で、持続可能性の高い社会に向けた新素材を開」(https://webmagazine.nedo.go.jp/practical-realization/articles/202103spiber/)
FASHIONSNAP, 「【トップに聞く 2022】スパイバー関山和秀代表 人工クモ糸の開発からヒントを得た「ブリュード・プロテイン素材」の可能性」(https://www.fashionsnap.com/article/spiber-top-2022/)
WWD,「東レが非食用の農業廃棄物から人工タンパク質原料、2030年に最大1万トン生産へ」(https://www.wwdjapan.com/articles/1546743)
BOLT THREADS HP(https://boltthreads.com/)
WWD, 「FIT発の注目バイオベンチャー 染色&加工いらずの人工タンパク質繊維を開発」(https://www.wwdjapan.com/articles/1072489)
Avanti HP(https://avantijapan.co.jp/)
TEIJIN ECO PET HP(https://ecopet.info/)
ANANAS ANAM HP(https://www.ananas-anam.com/)
Spiber (THAILAND),「産業革命級のインパクトを起こす」 森田 啓介(https://www.wisebk.com/670-6-2/)
BUSINESS INSIDER, 「バイオベンチャーの「聖地」が山形県に生まれた理由 ── 「普通なものは必要ない」鶴岡サイエンスパーク成功の秘密」(https://www.businessinsider.jp/post-175237)

Spiber×THE NORTH FACE,(https://www.goldwin.co.jp/tnf/special/spiber/spiber/)
WWD, 「ゴールドウイン渡辺社長&スパイバー関山社長が語る『夢の繊維のネクストステージ』」(https://www.wwdjapan.com/articles/1538027)
資生堂,「ドラマティックエッセンスマスカラ」(https://maquillage.shiseido.co.jp/features/dramatic-essencemascara/ )
経済産業省,「タンパク質繊維の名称・定義に関する国際標準が発行されました」
(https://www.meti.go.jp/press/2021/12/20211203003/20211203003.html)
経済産業省, 「バイオものづくり革命推進事業について」
(https://www.meti.go.jp/shingikai/kempatsushin/shinene_sangyo/pdf/023_03_00.pdf)
環境省,「サステナブルファッション」(https://www.env.go.jp/policy/sustainable_fashion/index.html)
ITmediaビジネス, 「世界初!人工合成タンパク質素材を開発したSpiberの今」
(https://www.itmedia.co.jp/business/articles/2103/03/news025.html)
日経BP「アシックス、未来のシューズに人口クモ糸活用 強度に優れ軽量」(https://www.wwdjapan.com/articles/528756 https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000754.000003301.html)
Adidas HP(https://news.adidas.com/running/adidas-unveils-futurecraft-biofabric---world-s-first-performance-shoe-made-from-biosteel-fiber/s/1c2ea0f1-abcf-4f88-a528-ef82e6ea348c)
Motor-Fan.TECH「メルセデス・ベンツ:航続距離と高効率を誇るコンセプトモデル『VISIONEQXX』に迫る。」川島礼二郎(https://motor-fan.jp/tech/article/12652/ )



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