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大地との綱引き、それは哲学である。

ザクッ、ザクッ、ザクッ!
地面に向かって鍬を下ろす。地を這いつくばうように覆う雑草に阻まれ、ひと振り目はあまり土に届かない。幾度となく同じ場所に鍬を振り下ろしていると、少しずつ土に食い込む部分が増え、いまでは10センチほど掘り進めることができた。鍬を地面に刺したまま、柄をテコの原理で押してみる。びくともしない。まだ、まだ、だ。
今度は、角度を変えて掘ってみることにした。先ほどとは対角線上となる角度から、鍬を振り下ろす。
 
ザクッ、ザクッ。本体がグラグラしてきたのが見て取れる。
 
私は、無農薬・無化学肥料の自然栽培での野菜づくりを志している。いつもは固く締まってしまった畑を相手にしているが、今日対峙しているのは畑ではない。木だ。正確には、そこにはびこるイバラの根っこ、である。
 
私の父は静岡県牧之原市に耕作放棄地になったミカン畑を所有しており、私はそのミカン畑を復活させようとしている。初めて足を入れたのは、令和5年の4月末。辺りはセイタカアワダチソウやチガヤで覆いつくされていた。そこへ無理やり足を踏み入れたわけだが、ミカンの木にはイバラが覆いかぶさって大半が朽ちており、それを栄養にウルシの木が伸びていた。残されていたミカンの木はわずか4本。その木も、油断するればツル性の雑草に絡まれ、今にも埋もれそうになっている。
「雑草や雑木は地際から切るといい」
と自然栽培の恩師からアドバイスを受け、手当たり次第に切り倒してきた。そのかいあってか、敷地の3分の2ほどから雑草や雑木が消えて平地が見えるようになっていた。
 
「この春から本格的に苗木を植えたい。」
 
令和6年1月中旬、そんな夢を抱えてミカン畑に立ってみた。苗木を植え、全面に野菜を植えて食べられる森をつくる。そんなイメージを膨らませながら圃場を歩いていて、ちょっとまずいことに気付いた。イバラが広がっているのである。
 
地際で切ったはずなのに、残った根元から新しい枝葉が伸び、地を這うように覆いつつあった。特に、残っていたミカンの木と木の間は、既にイバラのじゅうたんが広がっている。これはまずい。またイバラに飲み込まれてしまう!
 
ということで、見学の翌週に再度訪れ、根っこを引っこ抜くことにした。
 
伸びているイバラのツルを持ち上げ、根元を探り当てる。案の定、イバラの棘が指に刺さる。痛いのよ、これが。根元が分かった時点で、伸びているツルを平ぐわでカットした。
 
そして、根元に備中鍬を入れる。
 
イバラの根本にザクザクと鍬を振り下ろして行くと、根に絡んだ土がほどけてきて、根っこが浮き彫りになってくる。その後、根の先へと少しずつ掘り進めていく。
 
これ、何かに似ている。もつれた糸をほぐすような、地図をたどっているような…。
 
イバラの根っこは、赤みがかっていた。赤い導線の先を突き止めていくように、横へ、横へ、掘り進めていく。一本目は、少しずつ細くなり、ある程度まで掘ったら引っこ抜けたのだが、2本目はちっとも先に到達できない。同じような太さで、ズルズルと横に這って行き、防風林の中までつながっていた。鍬が届かなくなり抜根を断念した。
3本目は、下へ下へと伸びていた。鍬をスコップに持ち替え、縦に掘り進める。30センチほど掘ると、全体がふわりと浮き上がった。そのブロックをしっかりとつかみ、大地と綱引きをする。どちらが勝つか、力くらべと行こうじゃないか。全身に力を入れ直す。
 
抜けた! 
 
土から掘り出されたイバラの根っこは、くにゃくにゃとカーブを描きつつ、しっかりとした弾力を伝えてくる。表面に着いた土は、みるみる内に乾いていく。まるで、観念して、その命を私にゆだねているようだ。
 
イバラの根が抜けて、ぽっかり空いた穴を覗いでみた。土が黒い。これがいわゆる黒木土なのだろうか? 黒木土というのは、枯れた植物が微生物に分解され、長い年月をかけて土になったもので、有機物を多く含み、保水性や浸水性も優れている土のことだ。自然栽培の師匠から、落葉樹の森は黒木土で、いい土の代表選手だと教わったことがある。本物は見たことがないけれど、この土は大切にしなければならないと感じる。
 
これだ。イバラの根を手にした時に感じたのは、託されたモノやコトの尊さだ。ミカンを生かすために、イバラの命を絶つことは、そこにつながっていた微生物や、土地の歴史を断つことになる。私たちの命は、他の命を奪った上に成り立っている。勝つか、負けるかではない。命を託し、託される。その積み重ねに責任を持たなければならない。
 
イバラの赤い根を無心にたどり、時に引っこ抜く、大地との綱引き。その先には、真理みたいなものが、あったりなかったりする。この面白さ、独り占めにするのはもったいない。

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