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セットバックか両顎手術か

「セットバックと両顎手術どちらが適応か」という質問を良く頂きます。口元を後ろに下げる施術としては同じグループの施術でありますが、骨の移動方向から考えても、「似て非なるもの」と言っても過言ではありません。この2つの術式に関して、実際臨床の現場で行ってきた個人的な意見を綴ってみようと思います。あくまで個人的な考え方なので、ドクターにより見解は異なる事を了承の上読み進めて頂きたいと思います。

1.セットバック

「セットバック」。このキーワードは口元を後ろに下げる代名詞と言って良いほど美容外科領域では浸透しているワードであると思います。ゴボ口に対して行う治療で、「前方分節骨切り術」という術式をこう呼びます。「セットバック」というワード自体は骨移動の方向を示す単語で、骨片を後方に移動させることを「セットバックさせる」と普段は使います。初めは固有名詞として馴染めないワードでありましたが、「セットバック」というワードを使った方が患者様も理解しやすいく使いやすいワードであることが段々とわかってきて、カウンセリングでも頻出ワードとなりました。適応となる状態は「ゴボ口」と呼ばれる上下顎前突という状態で、上下4番目の抜歯を行い、そのスペースを利用して前歯6本と歯茎の骨を後方に下げる施術です。

2.両顎手術

この手術は通称「2 jaw」と言われていて、上下顎骨を切るのでこのように呼んでいます。漢字表記すると両顎手術となりますが、日本語での呼び名は「顎矯正手術」となっています。日常診療では「OGS」と呼んでいて、上顎骨を「ルフォー1骨切り術」、下顎骨を「BSSO(=SSRO)」、顎先をオトガイ形成術で理想的なポジションに骨を移動させて輪郭を整えます。適応になる状態は、ゴボ口、受け口、小顎、左右非対称など、口元からVラインにかけての輪郭を整え得ることが出来る施術です。この施術で上下顎骨の位置が変化するため咬合を同時に考えなければ行けない施術です。受け口や小顎、左右非対称などでは、咬合を整えながら上下顎骨の位置関係を改善しつつ、輪郭を整える為に上下顎骨を移動させます。

「輪郭を整える為にOGSを行い、それに伴い歯列矯正が必要になる」という言い方が出来ますが、「歯列矯正に伴い理想的な咬合を作るために、上下顎骨の位置関係をよくするために骨切りをする」という言い方もできます。やることは同じです。歯列矯正で噛み合わせが良い、歯並びが良いというのと、上下顎骨の位置関係が最適で理想的な咬合であるというのとは、意味合いがかなり異なります。上下顎骨の頭蓋骨に対する位置はとても大事で、輪郭を作るという事でももちろん大事ですが、咀嚼などでみる顎運動に伴う下顎骨の動きや位置は咬合面も考慮しつつVラインを作る大事パーツになるので、このポジションと運動の調整は審美的にも機能的にもとても大事になります。

ルフォー1とBSSOを行ってから、半年後くらいにプレート抜去と共にオトガイ形成を行う施設もあります。オトガイ形成は後にして、気になるようであればプレート抜去の際にという流れで行っているようです。それも一つの考え方かとは思います我、1回の手術で終わるのであれば、1回で仕上げた方が負担は少ないと思います。オトガイ形成をどのように行うかによっても上下の位置が変わりますし、オトガイ形成をやるから上下顎をより動かせるという見方もできます。基本的には上下顎骨切りの2 jaw surgeryと合わせてオトガイ形成でVラインまで仕上げるプランニングを行っています。

3.2つの違い

「セットバック」と「両顎手術」の2つの違いについて、簡単にまとめたいと思います。セットバックで動かせるのは前歯6本と歯茎の骨の前方のパーツのみです。なので、奥歯はそのままとなります。「両顎手術」は上下顎の歯列そのまま動かせるような切り方になります。大きな違いは両顎手術は”咬合平面の傾斜を変えることが出来る”だと考えています。両顎手術の場合、前後の傾斜から左右の傾斜まで修正できます。実際”上下左右前後の3軸方向の動きとそれぞれの軸の回転”をかけて動かせるので自由度が高い施術になります。またミリ単位で動かせます。セットバックは削って後ろに下げるのである程度下がってしまうという不自由さがあります。また咬合平面の傾斜を変えることが出来ません。

4.術後矯正

術後矯正はどちらも必要となります。というと言い過ぎな部分はありますが、まずセットバックの場合4番の抜糸をして下げているので、3番と5番間を埋める歯科治療が必要になります。セラミックでブリッジを作る方法もありますが、3番、5番を削らなければいけないというデメリットがあります。歯列矯正で埋めるのが良いと考えていますが、前歯6本を倒しながら下げる事になると下がりすぎることもあるので注意が必要です。後ろの歯を前に送るのは時間もかかるし大変なので、前歯が舌側傾斜しながら下がることを見越した骨移動が必要になります。経験上の話ですが、3番5番間が矯正いらないくらい下げるのは下げすぎという印象を持っています。両顎手術の場合は上下顎骨の位置関係によりますが、受け口だったり下顎が後ろに下がってdeep biteになっている方は前後の位置関係を変えるので矯正が必要になることがほとんどです。ゴボ口と呼ばれる上下顎前突では上下顎骨の位置関係が良いため術後矯正がないプランで進める事が出来るケースがあります。芸能人の有村藍里さんがそのケースです。アングルの分類といって噛み合わせはクラス1〜3に分類されます。クラス1が理想的な咬合で、クラス2や3はクラス1に変えるケースが多いため、その場合は術後矯正が必要になります。前歯のセンターがずれている方の場合は、両顎手術の際にセンターを合わせるチャンスなので、矯正が必要になります。

5.セットバック症例

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前職の東京美容外科で自分が執刀したケースです。口元は下がりオトガイ形成で顎先を前方移動しているのでゴボ口感は改善しました。口角も後方に下がっていますが、咬合平面の傾斜を変えられていないので口角の上下の移動がありません。鼻翼基部〜口角:口角〜顎下=1:2が理想です。口角の位置が変わらないと1:2にしていくのが難しくなります。また人中や上唇の立体感が減少しのっぺりとした感じが目立ちます。下顎の傾斜も変えられないため、オトガイ形成に工夫が必要になったり、Vラインの仕上げ方に注意が必要です。

6.両顎手術症例

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両顎手術の場合は上下顎骨を同時に動かして咬合平面の傾斜から変えていきます。なので上口唇や人中の傾斜も変化しますが、チークのカーブも変化するので、チークトップから滑らかに法令線、口角に繋がるカーブが描かれるようになります。口角も頭側に上がるので、顔下1/3の1:2が形成しやすくなります。下顎の傾斜が変わるのでオトガイ形成やミニVラインなどでVライン全体の変化を出しやすくなります。

7.どちらが良いかというと

ケースによるという大前提があるとして、個人的には「両顎手術」の方がプランニングの自由度が増すので良い施術と考えています。口元、顎先の悩みがある時に、その部分だけ変えれば満足出来る輪郭になる場合は、ポジションとして大きな変化が不必要な場合になるかと考えています。口元や顎先などの輪郭をしっかり変えたいと思う場合、骨としては繋がっていて歪みや傾斜には流れがあるので、1カ所だけ変えるとどこかにしわ寄せが来ます。なので、両顎手術で出来るだけ多くのパーツを動かすことで、それぞれの動きの負担を小さくして無理のない移動を実現出来ると考えています。そもそも輪郭を作っているのは皮膚のラインであって、土台となる骨は大事なのは言うまでもありませんが、骨そのものを見ている訳ではないので、骨の移動と軟部組織が作り輪郭のラインとの関係を常に考えなければいけません。

8.矯正と骨切りの順番

両顎手術は歯列矯正との組み合わせで行う事が多いです。順番として、矯正先行の術前矯正の後手術というやり方と、手術先行して術後矯正というやり方の2通りがあります。骨の位置を変えずにまずは矯正で歯を動かして、矯正終了後骨切りで骨を動かし咬合は仕上がるというやり方は、”Orthodontic first”と呼ばれ、手術先行して行うのを”surgery first”と呼びます。歯列の状態にもよりますが、術前矯正は3年〜5年といわれています。surgery firstで行った場合の術後矯正は1年から1年半で目処が立つと言われています。治療期間からしたらsurgery firstが良いように感じますが、日本ではorthodontic firstの方がまだまだ多いと思われます。これは、顎変形症という病名が付くと矯正は保険診療となり骨切りも保険診療となります。一方surgery firstは保険適応から外れるやり方です。台湾では7割以上がsurgery firstのようですが日本ではまだまだ数は少なく、自費診療で出来る施設も限られています。

9.歯軸も理想的に

口元が気になるから歯列矯正で治療している方が最近よく相談に来られます。歯の位置が変わると口元が変わるかというと、唇のボリュームは変わりますが、人中の傾斜や口角の位置、下唇と顎先の間のくびれなどは当然変わりません。なので、歯列矯正だけでは輪郭をほとんど変えることが出来ません。それでも矯正から入る方が最近よく相談に来られるのですが、ほとんどの方が歯軸が舌側に傾斜しすぎています。この段階から骨切りを計画した場合、ケースによっては歯軸を元に戻す必要があります。そうあると1〜2年ほどかけて行ってきた矯正を戻す作業になるので、歯根に負担がかかってしまいます。矯正だけでの変化で満足できるのか、輪郭から変えていきたいのか、治療前に吟味が必要かと思います。

10.結論

現時点では口元、輪郭共に直したい場合は両顎手術をお勧めしています。そして上下顎骨から顎先まで全部の位置を整えるために行いますので、歯列矯正では出せない輪郭の変化が出せると考えています。輪郭が気になっている方は、ぜひカウンセリングを受けてみて下さい。



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