一カ月間今までに買ったサイケアルバムを振り返る⑩ Trout Mask Replica/Captain Beefheart & His Magic Band
キャプテンビーフハートが69年に発表した3作目のアルバム。今作は、学生時代からの友人であるフランクザッパのプロデュース、録音の下制作されたもので、約一年近くをメンバーとの合宿をして作られたもので、収録曲も全28曲、LPでは2枚組となる膨大なボリュームの作品となった。
合宿中は1日の大半をリハーサルに絶やすという過酷なスケジュールで行われ、演奏に対してのビーフハートの指導もとても厳しかったらしい。当然メンバーも製作中は疲労困憊となっていたそうで、耐えきれなくなったメンバーの一人が万引きをして捕まるほど過酷だったという逸話が残されている。
収録された楽曲はどれも難解であり、即興演奏かはたまたフリージャズかのような素っ頓狂な演奏の数々は今でも賛否両論を送られる問題作。当時もあまり売れなかったというのも当然ではあるが後のニューウェーブやオルタナに大きな影響を与えた斬新な作品である。
1日程度で知った風に感想が書けるのか不安なほど奥深い作品だが、とりあえず頑張ってみたい。
曲ごとの感想
LP 1
01.Flownland
1曲目から全ての楽器がバラバラなリズムで演奏しだす為、正に呆気を取られた気分になる。その中でひたすら吠えるように船長が歌うその音像はもうカオス極まりない。
今作のとっつきにくさは初っ端からこの壊れた即興演奏のような曲から始まるからではないかと今回聴いてとても思う…。
02.The Dust Blows Forward 'N The Dust Blows Back
ボーカルの歌はたまた朗読のみという超ミニマルな曲。庭を歩き回りながら録ったような足音が聞こえる。一曲目といいこの曲といいのっけから飛ばしまくりだ。
03.Dachau Blues
イントロなしで始まる地を這うような低いボーカルのインパクトは絶大。ブルースとは形容し難い前衛的な演奏だ。
04.Ella Guru
イントロの交互に鳴らすギターがかっこいい。前曲よりは聴きやすいが、「ほほ、ほ…」と聞こえる謎の声が挿入されていたりしており、やっぱりよく分からない。コーラスはまあまあ楽しそうな雰囲気。
05.Hair Pie : Bake 1
インスト曲。前半はクラリネットのみの演奏だが、明確な音程がある訳ではなくひたすらに感情のままに吹かれる。途中から他の楽器陣も入ってきて更にカオスな音像になっていく。
06.Moonlight On Vermont
今作の中で一番好きな曲。リフがとても良くて、同じリフを弾いていてもベースがそれぞれ違う音を弾いているなど、フリーダムな演奏もかなり体裁が整っている感じがする。こんなにいい曲なのにフェードアウトで終わってしまうので少々切ない。
07.Pachuco Cadaver
ドラムがドタバタとしていて軽快な雰囲気の曲だが、序盤はベースだけ三連符で弾いていたり、演奏時間が少々長めで展開が複雑とやはり一癖ある。中盤くらいからの演奏がポップな雰囲気で好き。
08.Bills Corpse
ここまでしばらく聴きやすい曲が続く中またもバラバラなリズムの曲。バタついた演奏の中ひたすら叫ぶように歌うビーフハート、もはや狂気に近い。
09.Sweet Sweet Bulbs
ゆったりしたリズムの曲。この曲もイントロが好き。かと思うとまた途中から演奏が自由になっていき、また前半のような雰囲気に戻っていく。
10.Neon Meate Dream Of A Octafish
比較的聴きやすい演奏でホッとするも束の間、いつの間にか曲のテンポが変わる。ボーカルはわざと悪い音質になっており、歌というよりは語りのように喋る。テンポの移り変わり方はやはり唐突だが、割と自然で面白い。
11.China Pig
とてもオーソドックスなギターと歌のみのデルタブルースの雰囲気が漂う演奏。音質の悪さもデルタブルースへのリスペクトが込められているのだろうか。
よく聞くと途中で笑い声など聞こえ、なんともラフな雰囲気。
12.My Human Gets Me Blues
前曲が終わりかける辺りで唐突に入る為、その唐突さに笑ってしまった。この曲もイントロがかっこいい。叫ぶかのようなボーカルもまた良い。
13.Dali's Car (*****)
常に不協和音のようなフレーズを弾くギターが特徴的なインスト。演奏もギター2本のみと簡素で、演奏時間も1分台なので案外あっさりと終わってしまう。
LP 2
14.Hair Pie : Bake 2
レコードではここからが2枚目となる。
Bake 1との連作かと思うと名前が同じなだけでほぼ別物で、そのカオスぶりは同等かそれ以上。
Bake 1でも感じたが今作の演奏はボーカルがいなくなった途端に更に増す気がする。
15.Pena
ビーフハートとメンバーとの会話から始まる。この曲のみボーカルがマジックバンドのメンバーが取っており、その甲高く、ヒステリックに叫ぶボーカルはかなり狂気的。
裏ではビーフハートも叫び散らかしており、その狂気度合いは今作トップかもしれない。
16.Well
トラックがボーカルだけしかない奇妙な曲。よく聴くとわずかにバンドの音が聴こえるので編集で意図的にボーカルのみにした可能性があるが、一体何故…。
17.When Big Joan Sets Up
一見すると適当に弾いてるかのように聞こえてしまうぶっきらぼうなリフが耳に残る。曲の序盤でやや長めのクラリネットのソロが入るが、この手の曲で前半に長いソロが入るという構成は斬新だ。
18.Fallin' Ditch
このタイプの曲は今作で何回目なんだろうか。めちゃくちゃながらテンポが上下したり、キメる所はキメていたりと、この曲も本当に掴み所がない。
19.Suger 'N Spikes
今作の中では比較的、大人しくかなり聴きやすい印象の曲。しかし、後半に急にテンポが速くなる箇所があるなどやはり一捻りがある。
20.Ant Man Bee
ベースのリフが印象的。歌の部分は少なく、後半はほぼクラリネットを交えたインストになる。イントロはキメがかっこいい。
21.Orange Craw Hammer
またもやボーカルのみの曲。もはや曲といっていいのだろうか…。同じようなメロディを何度も歌詞を変えて録っているといった所だろうか。他のこのタイプの曲と比べると3分台と大分長いので、演奏が途中から入るのかと身構えているとまたもあっさり終わってしまう。
22.Wild Life
各楽器の演奏のリズムがバラバラなのだが、ある一点で急にリズムが合わさる。またもビーフハートの音程なきサックスが吹き荒れる。
23.She's Too Much For My Mirror
軽快なイントロで一瞬「おっ」となるが、やはりこの曲も何度もリズムが変わる。
24.Hobo Chang Ba
例によってバラバラな演奏だが、とうとうボーカルもリズムから大きく外れた歌い方になる。ふざけてるかのような歌い方は聴く側を大きく脱力させるが、これがクセになる。地味に好きな曲だ。
25.The Blimp (Mousetrapreplica)
気の抜けたリフが特徴的。トランシーバー越しのような語りが聞こえるがもはや効果音的なものか。
26.Steal Softly Thru Show
膨大なボリュームの今作も残り三曲となった。今作では途中でリズムが変わる曲がいくつもあるが、この曲のテンポの変わり方は妙にまとまりがあって特に好きかもしれない。ギターもかっこいい曲。
27.Old Fart At Play
跳ねたテンポに合わせ、ビーフハートが朗読する曲。タムを多用したドラムが気持ちいい。
28.Veteran's Day Poppy
全28曲の冗談のような超大作のラストを飾る曲だが、この曲は今作では珍しく正当なかっこいい曲。まずイントロのギターがいいし、テンポが変わるところも唐突だがやはり決まっている。
前半に歌が少し入った後は楽器のみになり、カオスではないがルーズな演奏が続いて終了する。
今回聴いて改めて良いと思った曲
07.Pachuco Cadaver
15.Pena
カオスな今作の中から最も聴いていて気持ちがいい曲と物凄かった曲という二極端なところから選出。「Pachuco Cadaver」は展開こそ複雑なものの、現れるフレーズはキャッチーなものが多く、シンプルに良さを感じた。一方で「Pena」はヒステリックなボーカルも相まって、今作で一番狂気を感じた。
まとめ
この膨大なボリュームのアルバムを一日で感想が浮かぶのだろうか、と思っていたがその疑問は正解で、今もまだかなり感想に困っている。というより、まだこのアルバムを味わいきれていないような気がするのだ。一曲の中でも目まぐるしくテンポやリズムが変わっていくため、ちょっとでも集中を切らすと今自分がどの曲を聴いているのか見失ってしまう。
曲ごとにかっこいい瞬間は確かに見つかるが、一瞬を逃すとすぐに形が変わってしまうつかみどころのない曲ばかりだ。かといって、このコード感もへったくれもない自由奔放な演奏は聴き続けていると本当に頭がおかしくなりそうだった。収録曲のほとんどが、その雰囲気から即興演奏で形作られたものかと思うかもしれないが、実は収録曲のほとんどがビーフハートの頭の中で出来上がっていたものを具現化したに過ぎないという非常に恐ろしい逸話がある。実際に、ほとんどの曲がほんの数テイクか、1テイクで録音したものだと言われている。そりゃメンバーも精神が参っていくわけだ...。それを踏まえて今作を聴くと更に狂気度が増して聞こえるはずだ。
ただ、これらの演奏を雑音だと断言してしまうのはとても勿体ない。リズムがバラバラで、滅茶苦茶に演奏しているだけに聞こえるが、よく聞くと頭のリズムなど、どこかのタイミングで拍子が揃ったり、キメの時にはしっかり合わさっていたりと、しっかりと練られた演奏に確かになっている。それでいてボーカルの歌唱やギターのリフには僅かながら前作までのブルース路線の面影も感じる。とはいえ、ビーフハートの叫びに近いボーカルや音が鳴るままに吹き鳴らすサックスやクラリネット、唐突に変わるテンポは自由すぎてシュールでもはや笑ってしまうレベルの異様さではある。
このアルバムの良さを具体的に説明できるようになってからこそ、今作を知ることができたと言えるかもしれないが、このとりとめのないカオスな世界を、何も考えずに入り込むことも楽しみ方として正しいのかもしれない。ロックの表現の幅をこじ開けようとした狂気の一作であった。
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