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ワンダフルワールドエンド

ゴマ作

一閃が私を攫っていく。
それはステージの後ろからの照明でも、誰かのスマートフォンから漏れる光でもない。
それは紛れもなく本物の魔法であり、祈りだった。
視界を貫いて目を眩ませた光芒がわたしを包んだ時、
その魔法に意図的にかかったままでいることを、たとえそれが呪いでも、
それを祓わずにいることさえも、赦されるような気がした。
フィクションではもう泣けなくなってしまったわたしの涙を流させる唯一の音楽。
ずっと足元を照らしてくれているささやかな光は、
画面もイヤホンも介さずに捉えると、目を開けていられないほど眩しい。
こんなにも眩しいから、この光は私の足元まで届いてくれたんだと、今更気が付いた。
視界が光で溢れる。滲む視界を振り切った代償に涙が零れ落ちる。
その前に掬い上げてくれるタオルに施されたバンド名が愛おしくて、握りしめた。
すべてを蹴散らしてくれる光に少しでも触れたくて手を伸ばす。
かみさま、どうかこの右手が、涙が、いつか届きますように。
外に出て、余韻と疲労感に包まれたまま人工的な光と空に浮かぶ月を眺めて歩いた。
ライブハウスは陰でありながら光で、祈りの歌は祈りでありながら、呪い。
わたしはいつだってその闇の中に潜む光に救われてきた。
解けたら忘れてしまいそうで、呪いでさえも解けずにいることも含めて、わたしがわたしにかけた魔法。
踏みしめる一歩が、流れる一粒が、自分では光だなんて思えなくても、
足りないものだらけのまま枯らす声は、それは光なのだと証明するように、
雑踏にも町の光にも吞まれることなく真っすぐにわたしを射し抜いた。
わたしたちは絶対に本当の意味では交わらないという事実が好き。
偶然より運命より特別で儚い関係を、情けなく、美しく形容して。
夜を越えて、別々の孤独の部分を埋め合うための待ち合わせを幸せと呼ぶらしいよ。

きみと一緒にライブを見に行った日の帰り道、楽しかったと笑う笑顔が優しさであることに、本当は気づいていた。
音楽の話がきっかけで仲良くなったけど、きみが好きにならなくて良かった、一番好きな音楽が一緒じゃなくて本当に良かったって、今は思うよ。
気づかないふりをしたわたしの嘘だって、廻って、廻って、廻って、
いつかきみのところに届く頃には、美しいものに変わっているはずだから。
時間の経過とともに、現在は過去になって美化されていくし、同時に未来は現在になって、描いていた理想は崩れてゆく。
遠くにあるものがとりわけ美しく見えるのが、この世の条理。
わたしは明日を待ちすぎているような気がするし、過去に縋りすぎのような気もする。
星が好きなきみが、死んだアーティストしか好きになれないのは当然のことだった。
何億光年前の光なのかも知らないのに、きみは空を見て綺麗だと呟く。
わたしの星は、忘れたくない夜が重なった数の分だけあった。
深夜2時にふたりでなぞったあの歌詞が、わたしたちの夜を本当にした。
それを不規則になぞって繋げるきみの指先の動きは、確かに祈りだった。
深く暗くなる夜の暗闇に紛れてかくれんぼがしたい。
でも、溺れそうになるわたしを掬う役割は
きみよりあのバンドの音楽の方が得意になっていた。
わたしが、怯えぬ夜を繋ごうとしてくれる音楽に縋っているあいだ、
きみは、朝日が昇ることを唯一の希望にして眠ること。
今日みたいな快晴の空を見上げて絶望するわたしの気持ちは、
そんな空を見上げて希望を抱くきみにはわからない。
わたしの悲しみも喜びも、秘密の過去も、ザラザラの心も、特別な音楽も、
きみはずっと、ずっとわからなくていい。
ただ、一緒に積み重ねた退屈な日々の記憶が、一人ぼっちの夜に負ける日が来ませんように。
私たちは、孤独の質量が似ていたね。

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