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「使命」とは大袈裟なものではない。妄想の時代の終わり。

もしかしたら、これを読んでいる人には、意味がわからないかも知れない。でも、それでももう構わない。もともと自分のために書いているのだ。今後も自分のために書いていこう。思えば随分と立ち止まって回り道をしてしまった。

これから書く話は、自分の体験談なのだけれど、それを恐れることなく書けるようになるまでに数年ほどかかってしまった。何度も書きかけては止めて、手法を変えてみたり、回りくどいことをしてしまった。これは単なる自我の抵抗なのだろう。

私の表現形態として、これが正解なのか分からない。だけど、今の段階ではこれが一番手軽に始められるものなので、ここからやり始めよう。

よく、自分の「使命」と聞いて、とても壮大なものを思い浮かべる人がいるけれど、自分では案外拍子抜けしてしまうくらい、簡単なことだったりする。
自分が地上に生まれる前に、自分で設定してきた使命なのだから、当然といえば当然なんだけど、今の自分に出来るものしか選んで来ない。使命を遂行するのに最適な環境、最適な身体、最適な能力を選んで生まれてきているはずだから。

私の場合は、自分のことを明らかにするために、こうして文章を書いている。拍子抜けするくらい簡単な作業だ。パソコンに向かって、一人でカチャカチャ文字を打ち込んでいるだけである。一体それがどんな使命なのかって思うかも知れない。これを書き続けることで、今後の私に何が起こるのか分からない。だけど、こうしてこの場を借りて、自分が、自分自身を明らかにしていくこと。その過程そのものが大事なのだと思う。

本来、そのくらい簡単なことなのだ。難しいことは何もない。ただ、勝手に難しく捉えてしまう自分がいるだけだ。

「私の使命は何なのかしら?」と、ときめきと共に妄想に踊らされる時代は終わりなのだ。これからは各自が自分のすべきことを淡々と為すのが当たり前になる。自分のすべきことに向かって、その最短ルートを歩んでいく。そういう子どもが増えていく。それを、大人である自分たちは邪魔せずに尊重することしか出来ない。
だからせめて、こちらも自分のことは自分で律して、自立したひとりの人として、淡々と生きていこうじゃないか。

相手を尊重し、また自分も尊重し、それぞれが自立した状態で、人とつながることは可能なのだと思う。それぞれが、それぞれの能力を遺憾なく発揮し、自分らしく存在する世界。そういう美しい世界が見たいと思う。

それにはあまりにも知性が足りない。多くの人は、自分たちがどうして生まれて、どう生きるべきなのかを知らない。それは大きな不運だと思う。知るべきことを知らない。あるいは完全に忘れてしまっている。


基礎的な教養として、本来学ぶべきことを知らないままに生きている。それが現在の義務教育だとかそういうもので扱われないことは、残念なことだ。(最も、これまでの常識とはあまりにもかけ離れているので実際には難しいのだけれど)

私たちは、地球と宇宙とを別物のように捉えている。それは、長らく鎖国をしていたから、地球と外界との繋がりが断たれていた時代が長かったから。そんなものは絵空事のように感じるほど、ある一定の期間、地球はほとんど外界と接さず、独立した状態でまわってきた。宇宙が身近にあった時代は伝説や神話と同じような扱いになり、歴史の中に埋もれ、そんな繋がりがあったことすら、忘れてしまった。

だけど、この場所もまた、宇宙の一部なのだ。だから、他の宇宙と同様に、宇宙での常識・仕組み・ルールは当たり前に適用される。適用されていないと信じている人間が運営しているから、そうではないように感じるだけなのだ。これこそが、一番大きなバグだ。バグは世界の中にあるのではない。私たちの意識の中にあるのだ。

ここを我が物にしようとしてきた存在は、幾度となく繰り返した支配や拷問によって、私たちに傷とともにバグを植えつけた。刷り込んだとも言えるかも知れない。だから、今これから目覚めようとするときに、その支配や拷問の傷を癒し、もうそれは終わったのだと気がつかなくてはならない。バグを破壊し、根絶し、消去し、本来の美しい姿を取り戻さなくてはならない。

そう、私たちは、美しい存在なのだ。これは、見た目の造形とか年齢とか性別とか、そういうものを指しているのではない。存在として、美しい存在なのだ。
自分の好奇心に従い、自分の人生を創造する姿は、例外なく美しく、そして、尊い。それが難しい時代があったことを知っているから。今こうして、自由に自分自身を表現してもいい時代になったこと、それをやり始める魂が増えたこと、とても喜ばしいことだと思う。

これを読んでいるあなたも、その美しい魂の一人であるのだと思う。であるならば、私がここでこうして話すことが、今後のあなたに役にたつかも知れない。
それが、私の仕事なのだ。データを管理し、それを自分の視点で読み解き、放出すること。私だけが持っていても仕方がないものだから、必要な人に手渡していきたい。これは、大げさな言い方をすれば、「知の解放」なのだと思う。長いこと、知ることが出来なかったこと。だけど、忘れては生きていけないこと。それを少しでも放出していきたいと思う。

求めれば、与えられる。これは常識とでもいうべき宇宙の法則だが、情報もまた同じなのだ。あなたが求めたものは、何らかの形で与えられる。ここでこうして私の文章を読んでくれる人は、この情報を受け取れる人なのだと信じる。読者の知性と感性を信頼して、書くことにする。





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