『炭酸水と犬』砂村かいりさん

「決着がついたら教えて。いつまででも待ってるから」

ああ、もう。読んでほしい。一人でも多くの人に読んでほしい。
誰かを好きになるとき、それを自覚するときってブレーキが効かなくなる。
周りからどう見られるかとか、タイミングがどうとか言ってられなくなる。
この本の中の恋愛がいいか悪いかはどうでもいい。
登場する人たちの心が揺れる瞬間、自覚してない感情に突き動かされる瞬間がたまらない。

この本は、9年付き合って結婚も視野に入れていた彼氏、和佐の「もうひとり、彼女ができたんだ」というカミングアウトから始まる。その事実を受け止めきれない彼女の由麻さん(私の中で和佐は呼び捨て、由麻さんはさん付けがしっくりくる)。でも、同棲している2人の生活は続いていく。そしてもう一人の彼女、彼氏の弟、職場仲間、友達と2人の周りで広がってつながっていく人間関係。由麻さんが振り回されているのは間違いなくて、でも振り回している部分もあって。由麻さん、和佐含め、みんな自分の周りの人の気持ちには気づいているのに、自分の気持ちには気づいていなかったり素直になれなかったり。読んでてもどかしくてしょうがない。でもそのどれもが人間らしくて、それぞれが行く先を見届けたいと思ってしまう。

由麻さんと和佐、2人の関係の中で始まった話が、関わる人が増えていくにつれてぐんぐん進んでいく。それと同時に今まで見えなかった気持ちがだんだん見えてくる。気づかないうちに、近かった人との距離が遠くなっていく。それと同じくらいの速度で、遠かった人との距離が近くなっていく。それはいい関係でもよくない関係でも同じで、知らぬ間に傷だらけになっていたり、知らぬ間に傷が癒えていたり、忙しない。

心底、人って面倒くさいなーと思う。誰かに必要とされたいけど、誰かと関わると傷つくし、でもその傷に薬を塗ってくれるのも自分じゃない誰かだったりするから困る。一人で生きて、誰とも言葉を交わさなければ、攻撃されることはないし、傷つくこともたぶんない。でも、きっと枯れる。自分がここにいる意味が分からなくなってしまう。

この本に登場する人たちも、関わってきた誰かと今関わっている人とこれから関わる誰かに支えられて生きている。話の中心にある恋愛は複雑で、暗く重たい話になっても全然不思議じゃないなと思って読み始めたけど、そんな心配とは裏腹にみんな生き生きしている。他人が身勝手に自分の人生に踏み込んでくる瞬間も、自分が誰かの人生に無作法に飛び込む瞬間もある。でもみんな一人じゃないんだと感じられる。上手くいかない関係があったとしても、自分が関わっている人全てに否定されているわけじゃない。一つ上手くいかなくてもめげないし折れない。そして、何があっても、みんな自分の生活を疎かにしない。どんなときも「生活」は続く。そんな当たり前のことに強さを感じる。

「ときめきが致死量」から「嬉しさが致死量」へ。自分の気持ちに素直すぎて困る姿と素直になれなくて困る姿。どちらも最強に愛おしくて抱きしめたくなる。『アパートたまゆら』と『炭酸水と犬』合わせてこれからも何度も読み返したい。


(読了日:2021年11月6日)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?