『ナミヤ雑貨店の奇蹟』東野圭吾さん

手紙というものが好きだ。
手で書く温かみがあるとか気持ちがこもっているとか、そういう理由はもちろんあるけど、手で書く言葉にはその人が映る気がするから。

スマホで友達に「ありがとう」と返信するときとボールペンを持って「ありがとう」と手紙に書く時を想像してみる。「ありがとう」っていう一言を画面上に打つときと紙に書くとき、時間がかかるのは後者のほうだと思う。それは単純に文字を打つスピードと文字を書くスピードが違うということだけではなくて、文章の中のどこで「ありがとう」という一言を使うか考えるから。

スマホでの言葉のやり取りは基本的に短文になる。話す感覚に近いテンポで言葉が交わされる。今は言葉だけではなくて、絵文字やスタンプを使うことができる。「ありがとう」に絵文字をつけたり、そもそも言葉を使わずスタンプで伝えたりすることで、使い方を広げることができる。表現方法がたくさんあるからか、気持ちと言葉の意味にずれがあってもあまり気にならないし、おそらく「ありがとう」を伝えるスタンプの意味について深く追求する人はいない。

でも手紙は違う。便箋1枚分の言葉を自分が綴り、それを相手が受け取る。双方向からのやり取りである点では同じだけれど、自分が便箋1枚分話している間は相手が言葉を挟むことはできないし、「これどういう意味?」と確認することもできない。感謝の気持ちを伝えたいからといって1通の手紙に10回20回「ありがとう」と書く人はあまりいない。言葉だけで、文章だけで自分の気持ちを汲み取ってもらう必要があるから、伝える順番や使う言葉を選ばなくちゃいけない。だから手紙には、その人の考え方や価値観が色濃く映る気がするのだ。


ナミヤ雑貨店の郵便口に入れられる悩み相談にもそれぞれの人生が映っている。最初は自分が本当に悩んでいることも隠していたり、自分の羨望にふたをしてしまっている人もナミヤ雑貨店からの返事をもらって少しずつ変わっていく。そんな悩み相談に偶然巻き込まれた少年3人。彼らも人とのやり取りの中で少しずつ変化していく。

過去と未来のギャップ、今あるものがない時代からの相談。
現実離れした話なのに、この物語に登場する人々が同じ地球のどこかで生きているんじゃないかと思えてくる。

悩み相談をはじめたナミヤ雑貨店店主のどの手紙に対しても真摯に向き合う姿も印象的だ。「自分の一言が誰かの人生を狂わせてしまうかもしれない」と「悩みを打ち明けられてくれた人に自分ができることをしてあげたい」という間での葛藤。誰かに悩みを打ち明けられたとき、自分はそんなことを考えたことあったかなと気づいたら考えていた。

「悩んでる人は大体自分の中にもう答えをもってるよ」という話はよく聞くし、実際そうであることもたくさんある。でも、この本を読んで、なぜ人が自分の中に答えを持っていながら誰かに相談するのかが少し分かった気がする。たぶん求めているのは対話なんだと。誰かと言葉を交わしていく中で、見えてくるものがあるんじゃないかと。人は自分がもっている答えを自分が導き出した過程を、今持っている答えに辿り着いた自分の価値観や考え方を確認するために人に話をするんだと思う。ただ聞いてもらうだけでそれが見えてくることもあれば、体当たりでぶつかって衝突して激しい感情の動きがないと見えないこともある。誰かと関わる中で生まれる怒りや悲しみや喜びの中でしか見ることができないものがきっとある。

人が悩むということ、人に寄り添うということ、人と人とが対話をするということ、時を超えたつながりがそんなことを考えさせてくれる1冊。


(読了日:2021年9月12日)


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