『イマジン?』有川浩さん

「そうやって想像すんのが大事なんだ。たとえ最初は見当違いでもな。自分が何をしたら相手が助かるだろうって必死で知恵絞って想像すんのが俺たちの仕事だ」

社会人1年生の今の自分に、この言葉は何より大切な気がした。

この小説は映像制作の現場を舞台に新人イーくん(良井くん)が走って走りまくる物語だ。本来の意味での走りはもちろん、感情の突っ走りや夢への突っ走りも含まれる。

テレビで放送(放映)されているドラマや映画製作の舞台裏。
受け手側の自分が見たことも聞いたこともない知らない世界。
でも、ストーリーから置いていかれることはなかった。むしろどんどん話のなかに引っ張られていく。

ドラマや映画の数だけ、現場がある。考えてみれば当たり前だけど、考えてみたことがなかった。それぞれの現場を取り巻く人は違う。作る人が違えば、あるいは作る作品が違えば、現場の雰囲気もきっと千差万別。そんな臨場感が一冊を通して伝わってくる。

その都度変わる人間模様に戸惑い、苛立ち、ときに救われ、ときには交わして、ぶつかって成長していくイーくん。その姿を見守り、助け、叱り、自分の夢を追いかけることも忘れない会社の先輩たち。現場でつながり、衝突するスタッフや演者たち。

人の感情を動かす作品の裏側にこんなに多くの人が関わっているなんて意識したこともなかった。どこにでも誰かの足を引っ張ろうとする人間が残念ながら存在していて、作り手の想いが届く作品と届かない作品があるんだということも。

実際にどうなのかは分からない。本の中の世界だけの話もあるかもしれない。でも、エンドロールに名前がある全ての人が、そこにはのってない裏方のその他大勢の人が1つの作品に関わっているんだってことは想像できる。

イーくんたちは演者がのびのびと思いっきり演技ができるよう、力を尽くす。現場の雰囲気、演者のモチベーション、全体のスムーズな流れ、全てがより円滑にまわるよう想像する。今目の前にいる人のことを想像して仕事をする。演者は作品への期待に応えるために最高の演技を目指す。限られた時間の中で、精いっぱい演じ切る。そこに言葉はいらない。

中には和を乱す人間もいる。自分の利益しか考えられない大人だっている。
人が集まれば集まるだけ考え方も価値観も優先順位も多様化する。そんな状況の中で、今自分は誰のことを考えて動くべきか、何を優先するべきか、それを考え続けることが「想像すること」なんじゃないだろうか。そしてそれはどんな時でも大事にすべきことじゃないだろうか。

感情が高ぶる瞬間、相手を打ちのめしたい瞬間は誰にだってある。でもその瞬間の衝動で動くことが自分の守りたい人に刃を向けないか、優先したい何かをぶち壊さないか、想像する。誰かのピンチに出くわすこともある。素通りしても咎められることはないかもしれない。それでも、自分にできることは何か想像する。この本の大人たちはそういうことを教えてくれた気がする。

「働く」「仕事をする」ってしんどい。毎日いろんな人と関わって、嫌な思いをすることもあって、いい結果や達成感を味わえる瞬間なんて風のように過ぎ去っていく。でも、誰かのことを想像して動く力を磨く場所としてはこれ以上はないかもしれない。想像することが直接仕事の結果につながらなくても、自分の人生を豊かにしてくれる気がするから。


(読了日:2022年1月9日)

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