見出し画像

思い出の人と鉛筆 (小説)

 最後に鉛筆を使ったのは、いつだろう。
 小学校では、シャープペンシルに憧れたけれど、鉛筆しか使えなかった。中学からは、筆箱にはシャープペンシルが入っていた。鉛筆は追い出された。
 久しぶりに鉛筆を見たのは、大学生になってからだ。初めて付き合ったMさんが、絵を描く人だった。青い表紙の小さなスケッチブックをいつも持っていて、カフェでデートした時や、海辺へ遊びに出かけた時に、よく鉛筆で絵を描いていた。真っ黒な軸で、お尻の部分が平らで、消しゴムが付いていた。Mさんはいつもその鉛筆を使っていた。スケッチしたものを見せてくれる時もあったし、そのまま閉じる時もあった。
 私の誕生日が近づいた頃、Mさんに、図々しくお願いをした。Mさんが描いた絵を一枚欲しいと。
 誕生日に、Mさんは願いを叶えてくれた。花束の絵と、新品の1本の鉛筆。Mさんが使っているのと、同じものだった。
「文字を書くには、少し柔らかいかもしれないけれど。」
と言って、彼は笑った。
 私はその日から、日記をつけ始めた。この文も、Mさんからもらった鉛筆で書いている。
 この鉛筆を使い切るのは何年後だろう。その時、私は誰といっしょにいるのだろう。

※これはフィクションです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?