私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション57『霧(きり)』
セレクション57『霧(きり)』(337文字)
海沿いの町に濃密な霧が立ち込めている。
まるで濃厚なミルクのようにねっとりとしたその霧は、本来見えるはずのものを尽く覆い隠し、本来見えないはずのものをぼんやりと浮き上がらせていた。
港に漂う船の縁に伸ばされた手。
漁師の家の納屋からふらり、と出てきた魚の姿をした男。
井戸の中で恨めしげに空を見上げる女性。
海岸沿いの道路に伸びる沢山の腕。
これは霧が呼び込んだのか、それとも霧が映し出しただけなのか。
魚の姿をした怪物は、海に向けてのそりと歩き続ける。
井戸の女がおお~ん、と叫び声を上げる。
海水で異常なまでに膨れ上がった男が船の甲板にずるり、と上がってくる。
全てが何かの呪いなのか、それとも誰かの見る夢なのか。
町の至る所から聞こえてくる霧笛のような声が、次々と霧に吸い込まれて、消えた。
(337文字)
『霧(きーり)』
《動詞「き(霧)る」の連用形から》
1 地表や海面付近で大気中の水蒸気が凝結し、無数の微小な水滴となって浮遊する現象。古くは四季を通じていったが、平安時代以降、秋のものをさし、春に立つものを霞(かすみ)とよび分けた。気象観測では、視程1キロ未満のものをいい、これ以上のものを靄(もや)とよぶ。《季 秋》「―しばし旧里に似たるけしき有り/几董」
2 液体を細かい水滴にして空中に飛ばしたもの。「―を吹いてアイロンをかける」
(大辞林より引用)
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