私的国語辞典_表紙絵2

私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション8『あら(あら)』

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セレクション8『あら(あら)』


「…あら、何かしらこれ」
美月が玄関のドアを開けると、目の前に小さな箱が置かれていた。
どう考えても怪しさ満点なのだが、だからといって放置しておく訳にもいかない。
美月は腕組みをしてしばし思案していたが、やがて諦めたように肩を落とすと、部屋の奥に姿を消した。

あら。久しぶりじゃない。どうしたの?」
紗枝はドアフォンのモニター越しに懐かしい友人の姿を見つけ、慌てて玄関のドアを開けた。
紗枝とドアの前に立つ美月は幼稚園からの付き合いで、仲も大変良かったが、最近は互いに多忙を極めていたため疎遠になっていた。
その美月が遊びに来た事に何の疑いも無くドアを開けた。
「いらっしゃ…ん?どしたの?」
ドアの前に立つ美月の様子がおかしい。
いつもの露出の多い服ではなく、更に珍しい事に手袋まで付けている。
そしてその手で恐る恐る持っているのは何やら小さな箱のようなもの。
美月は紗枝の顔を見ると、今にも泣きそうな顔に変わる。
「紗枝ちゃん…助けて…」
紗枝は初めて見る美月の泣き顔に驚きながらも、彼女を部屋に招き入れた。

あら。珍しい人から電話がかかってきたわね。何かあったの?』
電話の向こうで嫌味たっぷりの台詞を吐くのは、紗枝の知り合いで『鉄の女』を地で行く原田祥子である。
「やむを得ない事情が有ってね。今から伺っても良いかしら」
紗枝はそう告げると、空いている右手の親指でこめかみを軽く押さえる。
背後の美月が気になるが、見れば自然とあの箱が視界に入ってくるので、迂闊に振り向けない。
『…急用のようね。良いけど、高くつくわよ』
紗枝の普段と様子の違う声音に何かを察したのか、祥子の声も真剣身を帯びる。
「覚悟のうえよ。じゃあ今から伺いますから」
紗枝はそれだけ言うと、そっと受話器を下ろした。

あらまあ」
これまでどんなトラブルにも動じる事の無かった祥子も、箱の中身を見た瞬間、流石に言葉を失った。
持って来た二人も、最初に見た時の様に叫び声は上げなかったものの、目の前で起こっている珍妙な出来事に動揺を隠せないでいる。

「…これ、なあに?」
祥子の質問に、二人は無言で首を振る。
「なんでこんな…モノ?が私の部屋の前に置かれてたのか、まったく解らないのよ」
あらそう…ふうん…」
祥子は一人頷くと、再び箱の中を覗いた。つられて二人も覗き込む。

箱の中のそれは、敷かれたタオルの上で、丸くなってすやすやと眠っていた。

身長12cm位の、すらりとした美しい男の子。
歳の頃は、17歳位だろうか。

「…裸の美男子よね」
「ええ、美男子よ、間違いなく」
「美男子なんだけどねえ…」
三人は途方に暮れたように、ため息をついた。


『あら(あーら)』
 [感]物事に感動したり、驚いたり、意外なことに気がついたりしたときに発する語。ああ。まあ。現代では主に女性が使う。「―、お久しぶり」

(大辞林より引用)

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