私的国語辞典～二文字言葉とその例文～　セレクション7『網（あみ）』

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セレクション７『網（あみ）』

「さあて、暇だし、お題を基にみんなに即興ショートショートを考えて頂きましょーか！」
突然の雄叫びに、のんびりライトノベルを読んでいた部員の面々ががたがたと椅子から転げ落ちる。
「ええ？そんな無茶振りしないで下さいよ、部長」
一番最初に立ち直った副部長が反論するが、部長は聞く耳を持たない。
「まあ突然の話だし、すぐに結果発表もして欲しいから、…そうね、穴埋め問題にしましょう」
そう言って突然何かを書き始めた部長を見て、他の部員は諦めたようにため息をついた。
「まあ仕方ないか、ここは文芸部だし」
「と言ってもほとんどライトノベル部だけどね」
「全く、部長、今度は何に影響されたんだ？」
ぶつぶつ呟く部員を尻目に、部長は書き殴っていた紙をびっ、と上に掲げた。
「さすが私！見事なお題の完成よ！」
部長は雄叫びと共に、その紙切れを部員達の前に有る長テーブルにばんっ！と叩き付けた。
「ぶちょお、このテーブル脚が弱いんですから、部長のパワーで叩き付けたら真ん中から折れちゃいますよ」
「誰がゴリラよ！……まあ良いわ。ほら、何でも良いからみんな考えなさい。発表は１時間後ね」
そう言われて、慌てて紙切れを覗き込む部員達。
そこには、以下の文章が書きなぐられていた。

（以下、お題）
「大変よ、○○が盗まれたわ！」
「落ち着いて下さい○○さん。私どもで逃走経路に網を張っておりますので、犯人を捕まえるのも時間の問題です」

…３時間後。

「犯人、捕まらないじゃ無いのよ！何してるのよ一体！」
「○○さん、～」←オチを付ける。
（以上、終わり）

「…え～と、部長、こんなテキトーなお題じゃ…」
副部長のツッコミもなんのその。
「さあ、始め！最下位は次回作のページ倍増！」
突然のペナルティー発表に部員達は飛び上がり、慌てて机に向かった。

　　　※

１時間後。
部員から出された作品を回収し、ニヤニヤと眺める部長。

「うん、優秀作はこれね」
そう言ってテーブルの中央にぴっ、と飛ばされた紙を全員が覗き込む。


（文芸部員 羽鳥真奈の作品）

「大変よ、私の大事なクリスティーナが盗まれたわ！」
「落ち着いて下さい坂東さん。私どもで逃走経路に網を張っておりますので、犯人を捕まえるのも時間の問題です」

…３時間後。

「犯人、捕まらないじゃ無いのよ！何してるのよ一体！」
「坂東さん、猫の探索なら猫に任せるのが一番と考えたのですが、猫は気まぐれ過ぎてバリケードになりませんでした」

（おわり）

「……ええ！？羽鳥さん、これ」
「だって、だってえ～」
部員からツッコミが入ると同時に泣きを入れる羽鳥さん。
これじゃ、ただの晒しものじゃん。

「さあ、お次はこれっ！」

（文芸部副部長 山下一郎の作品）

「大変よ、娘のハートが盗まれたわ！」
「落ち着いて下さいおじさん。私どもで逃走経路に網を張っておりますので、犯人を捕まえるのも時間の問題です」

…３時間後。

「犯人、捕まらないじゃ無いのよ！何してるのよ一体！」
「おじさん、実は犯人なんて居ないんです。なぜなら、娘さんは鏡に映った自分自身にハートを奪われたのですからね」

（完）

「……いや山下、そんな上手い事言ってやった的なドヤ顔されても」
「お前はどこぞの芸人か」
部長はそんな部員のヒソヒソ声に構わず続ける。
「さあ、一気に行くわよお。お次はこれっ！」

（文芸部員 田中晴美の作品）

「大変よ、うちの秋刀魚が盗まれたわ！」
「落ち着いて下さいサザエさん。私どもで逃走経路に網を張っておりますので、犯人を捕まえるのも時間の問題です」

…３時間後。

「犯人、捕まらないじゃ無いのよ！何してるのよ一体！」
「サザエさん、犯人はお腹を空かせたタラちゃんでしたよ。ちょっと署までご同行願えますか」

（ちゃんちゃん）

「何でサザエさんやねん」
「サザエさんネグレクトしてるやん」
「だからドヤ顔やめいって」
「ええいうるさい、次！」

（文芸部員 三井明夫の作品）

「大変よ、フォンティーアーナ・ド・フォンシュタイン・デル・ソルアータが盗まれたわ！」
「落ち着いて下さいシャルル・ド・アルバリオーネさん。私どもで逃走経路に網を張っておりますので、犯人を捕まえるのも時間の問題です」

…３時間後。

「犯人、捕まらないじゃ無いのよ！何してるのよ一体！」
「シャルル・ド・アラバマクリスティーナさん、貴女は関係無いでしょう…って言うか、貴女は誰？」

（シルブプレ）

「長っ！名前が長っ！」
「オチて無い、これオチてないやんっ！」
「ってかシルブプレってなんやねん！」
「なんでこれでドヤ顔できんねん！やめいや！」

（通りすがりの漫研部員 ツボイボイス（ペンネーム））

「大変よ、給食費が盗まれたわ！」
「落ち着いて下さいワタナベさん。私どもで逃走経路に網を張っておりますので、犯人を捕まえるのも時間の問題です」

…３時間後。

「犯人、捕まらないじゃ無いのよ！何してるのよ一体！」
「ワタナベさん、まだドラマごっこやってたんですか？分かりましたから、大人しくご飯食べちゃいましょうね。ああもう、ほらまたこぼして…」

（END）

「通りすがりの……っていつ書いたんだこの人」
「って言うか、漫研部員の方がまともにオチとる」
「ああっ、ドアの窓の向こうでドヤ顔してる！ムキーッ！」
「ムキーッて、お前はパーマン２号か」

　　※

気が付けば、部室の中は大混乱になっていた。
何故か部外者が数名入っている気もする。
だがしかし、部長はそんな瑣末な事は気にしない。

「さあ、残りも２枚になったし、先に最下位の発表しちゃいましょう！」

（最下位 文芸部員 結城裕也の作品）

「大変よ、私の落としたばかりの薬指が盗まれたわ！」
「落ち着いて下さい組長さん。私どもで逃走経路に網を張っておりますので、犯人を捕まえるのも時間の問題です」

…３時間後。

「犯人、捕まらないじゃ無いのよ！何してるのよ一体！」
「組長さん、ヤクの打ちすぎアルね。カワイソだけどワタシもイソガシから、これにてシツレイするよ。いい夢見ろよ、じゃあな！」

（おわり）

「……まあこりゃ酷いわな、確かに」
「最後、何で柳沢慎吾やねん、中国人ちゃうんか」
「こらまた高校生らしからぬネタやのう」
「さすがに最下位と聞いたら、ドヤ顔はできんかったか」

「はいはい、これで終了よ！解散、か・い・さ・ん！」
そう言って仁王立ちする部長に、全員がジト目を向ける。
副部長がゆっくりと立ち上がり、部長の横に立った。その迫力にたじろぐ部長。
「な、何よ。何か文句でも…ああっ、だめ～っ！」

（文芸部部長 相田楓の作品）

「大変よ、私の天才的頭脳が盗まれたわ！」
「落ち着いて下さい相田さん。私どもで逃走経路に網を張っておりますので、犯人を捕まえるのも時間の問題です」

…３時間後。

「犯人、捕まらないじゃ無いのよ！何してるのよ一体！」
「相田さん、貴女は天才的頭脳なぞ無くても、そのお姿と美しい声だけで十分魅力的ですよ…ああすみません、貴女が余りにも美しいのでつい余計なことを（以下、美辞麗句が続く為省略）」

「ぶ・ち・ょーっ！」

全員が真っ赤な顔を上げ部長へと目を向けるが、そこには既に部長の姿は無く、
おつかれさま、と書かれた紙が貼られた巨大ミッフィーが鎮座しているだけであった。

（了）

『網（あーみ）』
　１ 糸・縄・針金などを方形・ひし形に目を透かして編んで作ったもの。魚や鳥などを捕らえる道具や焼き網、囲い、建具などに用いる。
　２ 捕らえたり、取り締まったりするために張りめぐらしたもの。「捜査の―にかかる」「法の―をくぐる」

（大辞林より引用）