私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション55『忌避(きひ)』
セレクション55『忌避(きひ)』(580文字)
その電話がかかってきたのは、私と秋元検事が徹夜で書類と格闘したその日の朝の事だった。
けたたましく鳴り響くデスクの電話を、ソファーでぐったりした様子の検事が嫌そうに睨みつけるが、
睨みつけただけでは電話は鳴り止んでくれない。
もともと、こういう時にかかってくる電話にろくなものが無いのだが、鳴っている以上仕方ない。
結局、同じくぐったりしている私がノロノロと受話器を取る事になった。
「どうしたあ、坂井さん」
受話器を下ろした私の表情がよっぽど酷かったのか、検事が片目を開けながら尋ねてくる。
「それが、裁判が延期になったと」
私の応えに、検事がソファーからガバッと飛び起きる。
「はあ?奴ら、何しやがった?」
物凄い迫力で私に詰め寄る検事。
いや気持ちは解りますが、驚いてるのは私も同じですって。
「忌避の申し立てがあったそうです」
私がため息と共に吐き出した返事に、検事が呆気に取られたような顔をした。
無理も無い。
そもそも忌避とは『不公平な裁判が行われるおそれのあるとき,訴訟当事者が裁判官または裁判所書記官に職務執行をしないように申し立てること』であり、今回の裁判のように、誰が裁判官でも明らかに弁護側の敗北が決まっているものに、わざわざそんな申し立てをするとはまあ普通は考えない。
「全く、時間稼ぎでもしたいんでしょうかね」
思わず漏れた私のぼやきに、検事は「わからん」と苦笑いした。
(580文字)
『忌避(きーひ)』
[名](スル)
1 きらって避けること。「徴兵を―する」
2 訴訟事件に関して、裁判官や裁判所書記官に不公正なことをされるおそれのある場合に、当事者の申し立てにより、その者を事件の職務執行から排除すること。また、そのための申し立てをすること。→回避 →除斥
(大辞林より引用)
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