私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション80『ケチ(けち)』
セレクション80『ケチ(けち)』(585文字)
「ねえ、」
駅前商店街のアーケードを並んで歩いていると、突然彼女が声をかけてきた。
「ん?」
僕はたった今通り過ぎた洋菓子屋の看板にあったクリスマスケーキのことを考えつつ、彼女へと顔を向ける。
彼女は反対側の宝飾店を見つめていた。
「もうすぐクリスマスだよね」
彼女の問いに、そうだね、とうなずく僕。
そんな僕に彼女はクリスマスだよね、うんうん、と一人うなずき、静かになる。
年末らしい商店街の賑わいが僕たちを包むなか、二人は無言のまま歩いていく。
「サンタさんは、」
アーケードの出口近くに来て、彼女が再び口を開いた。
「ん?」
「サンタさんは、どんなプレゼントくれるかな」
そうきたか。
僕は努めて平然とした表情を作り、彼女へと顔を向けた。
「今年はあげなきゃいけない子供達が多いから、大人は後回しなんだってさ」
僕の返事に彼女はえーっ、と心から残念そうな声を出す。
彼女のこういった豊かな感情表現がとても愛おしくて、つい『もう買ってあるよ』と口を滑らせそうになり、僕はごまかすように苦笑する。
そんな僕の様子を見て、彼女は不満げな顔をぐい、と僕に近づけてくる。
彼女の肉感的な唇がすぐ目の前に迫り、僕の中の何かがぶわあっ、と込み上げてくるのを感じた。
「な、なんだよ」
思わずしどろもどろになる僕に、彼女はわざと大袈裟に口を尖らせる。
「ふーん、だ。ケチ」
彼女はそう言ってこれみよがしに舌を出すが、
その目は柔らかく微笑んでいた。
(585文字)
『ケチ(けーち)』
[名・形動]
1 (「吝嗇」とも書く)むやみに金品を惜しむこと。また、そういう人や、そのさま。吝嗇(りんしょく)。「何事につけても―な男だ」
2 粗末なこと。価値がないこと。また、そのさま。貧弱。「―な賞品をもらった」
3 気持ちや考えが卑しいこと。心が狭いこと。また、そのさま。「―な振る舞いをするな」「―な料簡」「―な根性」
4 縁起の悪いこと。不吉。また、難癖(なんくせ)。
5 景気が悪いこと。また、そのさま。不景気。「あんまり―な此の時節」〈浄・矢口渡〉
(大辞林より引用)
ここから先は
0字
¥ 100
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?