私的国語辞典_表紙絵2

私的国語辞典~二文字言葉とその例文~セレクション2『汗(あせ)』

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セレクション2『汗(あせ)』

こめかみからが一滴、じんわりと降りていく。
拭き取りたい衝動を堪えて、私はファインダーに神経を集中した。
ファインダーの先には、長年追い求めていた獲物が、居る。
獲物はゆっくりと辺りを見回すと、前脚の辺りをうろうろしていた子供に、その精悍な鼻を近づけている。
私は震える手を必死に抑え、シャッターチャンスのタイミングを狙う。
子連れである以上、下手に刺激をしたら、幾ら10mは離れていたとしても、私に襲い掛かってこないとも限らない。
なんせ、相手はオオカミ…しかも、ニホンオオカミなのだから。

私は緊張のため唾を飲む事も出来ず、ただひたすらその親子を見つめる。
オオカミの親子は辺りの様子をひとしきり伺うと、沢の水を飲み始めた。
ファインダー越しに見る親子は、月の光に照らされて、果てしなく幻想的に見える。
私は流れ落ちるが口元を伝うのを感じながら、親子の動きを見守る。

そして、とうとう親子が水を飲み終え、顔を上げた。まるで親子揃って月を見上げるように。

今だ。

私は迷わずシャッターを切った。


『汗(あーせ)』
 1 皮膚の汗腺(かんせん)から分泌される液。水と、微量の食塩・尿素などからなり、皮膚の乾燥を防ぎ、また、体温の調節をする。興奮・恐怖などの精神的影響からも手のひらや足の裏などに分泌する。
  「―が吹き出す」「―にまみれる」「―をぬぐう」「―が引く」「手に―を握る激しいレース」《季 夏》
 2 物の表面に内部からにじみ出たり、空中の水蒸気が凝結したりしてつく水滴。

(大辞林より引用)

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