私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション3『宛(あて)』
セレクション3『宛(あて)』
都会の一人暮らしで嫌なもののひとつに、自分宛の郵便物がある。
少なくとも人付き合いの非常に悪い私のような人間にとってはそうだ。
まだダイレクトメールなら、シュレッダーにかけてやれば済む。
問題は、普通の便箋で送られてきた郵便物だろう。
例えば…今手にしているようなものがそうだ。
ファンシーな便箋に丸文字で書かれている私の名前。
切手も住所も無く無論消印も無いこの封書を、一目見て面倒だと思わない女子はおるまい。
私は薄気味悪さを感じながら、恐る恐るひっくり返して裏を見る。
すると裏面の右下隅に『サンタクロース』と書かれているのを見付けた。
……既に年を越して久しいと言うのに、全くもってふざけている。
私はため息をつくと、そのふざけた封書をひらひらさせながら玄関のドアを開け、靴を脱いでリビングに向かい、着替えをしようと封書をこたつの裏に放り投げる。
『いてっ』
私はその……少なくとも封書が発するであろうとは思えない擬音にジャケットを脱ぐ手を止めた。
右手を脇のナイフホルダーに触れさせながら封書へ目を向けるが、
しかし封書はぴくり、ともする気配は無い。
……まあ、当然だろう。
私は右手をナイフの柄から離し、ジャケットを脱いだ。
着替えも終わり、カップラーメンにお湯を入れてこたつに座り、さて目の前の面倒事の対処について考える番となった。
面倒なのでそのままシュレッダーにかけたい所だが、さっきの擬音が気になる。
もしさっきのが…まあ、何と言うか、いわゆる声ならば、シュレッダーにかけた瞬間に絶叫するかも知れない。
もしこの部屋でそんなことになれば、事態は更に面倒な事になる。
かと言って、中身の確認無しに、このまま捨てる訳にもいかない。
『やはり、開けるしかないか』
私はため息をつき、愛用のナイフを手に持つと、華麗なナイフ捌きで封を切る。
そっと封書の両端を指で押して口を開いたその瞬間、封書から目が眩まんばかりの光が放射された。
その光の中から小さな腕が伸び、封書の切り口に手をかけるのを細目で見た私は、即座に反対側の人差し指でその手を弾き、すぐさま封書の口を閉じると、引き出しに眠っていたセロテープを片手で取り出し完全密封した。
「…さてと」
私は本気で考える。
これは、紙ごみと生ごみのどっちになるのだろうか、と。
『宛(あーて)』
[名]1 行動の目当て。目標。目的。「―もなくうろつく」
2 将来に対する見通し。先行きの見込み。「借金を返す―がない」
3 心の中で期待している物事。頼り。
「父からの援助は―にできない」
4 借金のかた。抵当。
「此指環…を―に少し貸して頂戴な」〈魯庵・社会百面相〉
5 (他の語の下に付いて)
㋐保護するためにあてがうもの。「ひじ―」「すね―」
㋑ぶつけあうこと。「鞘(さや)―」
[接尾](宛)名詞・代名詞に付く。
1 配分する数量・割合を表す。あたり。「ひとり―二個」
2 送り先・差し出し先を示す。「下宿―に荷物を送る」
(大辞林より引用)
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