私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション108『JIS(じす)』
作者駐:
『私的国語辞典』は全文無料で閲覧が可能です。ただ、これらは基本『例文』となっておりますので、そのほとんどが未完となっています。
基本的にそれらの『例文』は続きを書かないつもりではおりますが、もしどうしても続きが気になる方は、投げ銭して戴ければ有料部分に続きを執筆いたしますので、よろしくお願いいたします。
セレクション108『JIS(じす)』(1144文字)
GWが始まった、5月2日の昼下がり。
家族連れで賑わう公園の片隅にあるベンチで、真樹男と二人、気持ち悪く爽やかな昼下がりを満喫していた時だった。
「なあ、JISマーク、ってあるよな」
真樹男が突然話を振ってきたので、空をぼんやり見上げていた俺は仕方なしに奴の方を向く。
「何だよ、良いところだったのに」
「いやお前そろそろ止めろって、その雲を見て妄想して遊ぶのさ」
アラサーにもなってよお、という真樹男の珍しい正攻法なツッコミにぐうの音も出せずにいると、あっさりしてるのが長所の真樹男が「そんなことよりさ、JISマークだって」とあっさり話題を戻してきた。
「何だよ。あの人の顔みたいなマークだろ?あれがどうかしたか?」
これ幸いとばかりに俺が飛びつくと、真樹男はどこか不満げな表情で正面の噴水を見つめている。
噴水では何組かのカップルが楽しそうにいちゃいちゃしていて、見てるだけで石を投げたくなるので俺はちらりとも見る気はない。
「あれさ、どこにでも貼ってあるだろ?」
「いやまあそりゃあ『これは規準を満たしてます』って印だからな」
俺がドヤ顔で言ってやると、真樹男はでもよ、と真剣な表情で俺を見る。
「おかしかねえか?そういうマークなら、丸に『認』とか、まあそんなお堅いマークつけるのが日本、って国だろうに」
真樹男の反論に、俺もそういやそうだな、と納得する。
「そもそも、あのマーク変だよな。人の顔みたいにも見えるしよ」
俺が合いの手を打つと、真樹男がそれだよ、と俺に顔を近付けてきた。
「あのマークよ、色分けはされてねえけどよ、アレに似てねえか?」
「アレ?」
俺がおうむ返しに尋ねると、真樹男は胸ポケットに挿していたペンを取り出して、地面にJISマークを描いた。
「ほら、こっち側を塗り潰してよ、円をこう、二カ所に……」
真樹男がどうよ、と身体を起こしたので、俺は奴と入れ代わるように地面の絵を見つめ、思わず声を上げた。
「おいこれ、見たことあるぞ。確か陰陽印……」
とか言う奴だろ、と俺が言い終える前に、奴が俺の肩にそっと手を置いた。
「何だよ今度は」
話の腰を折られてむっ、とした俺が奴の顔を見上げると、しかし奴は驚愕の表情を浮かべて真っ正面を見つめている。
「おい、真樹」
「……俺ら、なんか地雷踏んだか?」
普段の豪快な真樹男らしくない押し殺した声に、俺は何だよもう、と返しながらしぶしぶ奴の視線の先、あのうっとーしいカップル達へと目を向け、
そして目の前の光景に絶句した。
GWで賑わう昼下がりの公園。
噴水の周りではしゃいでいたカップル達も、
芝生の上で弁当を食べていた家族連れも、
その場に居た数百人全員が、一斉に俺達を見つめていた。
「……何だよ、おい……」
俺は真樹男のつぶやきを遠くに聴きながら、ただ唾を飲み込むしかできなかった。
(1144文字)
『JIS(じーす)』
工業標準化法によって定められた鉱工業製品の国家規格。日本工業規格。
(大辞林より引用)
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