私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション62『供花(くげ)』
セレクション62『供花(くげ)』(615文字)
9月もあと少しで終わろうかと言う週末の昼下がりに、町外れの墓地に一人の若い女性の姿があった。
女性は片手に供花を、片手にエコバッグを持ち、時折立ち止まりながらも、ゆっくりと手探りするように歩みを進めていく。
「ええと……あ、あった」
彼女は墓地の中程を見てほっとした表情を見せると、早足で目的のお墓に駆け寄った。
彼女は少し上がった息を整え、背筋を伸ばして立つと、お墓に向けて満面の笑みを見せる。
「……やっと、来れたよ。お母さん」
途端に彼女の目に溢れる涙。
「ごめんね。もっと早く、って思ってたんだけど、お父さんが許さなくって」
彼女は目に涙を溜めたまま、くすり、と笑う。
「お父さんがね、先週そっちに行ったんだ。だから今は私一人」
良く見ると、彼女は喪服を着ていた。
「お母さんがした事は赦されない事だけど」
彼女はそこまで言って、エコバッグを脇に置く。
中味は線香と蝋燭、そして10年前に出て行った母親の好物だった苺大福だ。
「もう良いかな、って。だからね、」
彼女は供花を片隅に立て掛け、塩ビでできた花瓶を手に取った。
何年もお参りに来る人がいなかったのか、花瓶は使われた形跡が無かった。
「これからは、」
拭っても溢れ出る涙が、彼女の視界を歪める。
「もう遅いかも知れない……けど、」
嗚咽が言葉と共に吐き出されてくる。
「傍に居るから……ね?」
彼女はそこまで言うと、大声で泣き出した。
まるで、母親に置いて行かれた時の小さな子供のように、大声で泣き続けていた。
(615文字)
『供花(くーげ)』
1 仏または死者に花を供えること。また、その花。くうげ。
2 「供花会(くげえ)」の略。
くげえ【供花会】
仏に花をささげる儀式。京都六波羅蜜寺で3月に行われた法華八講を結縁供花と称したのに始まり、5月と9月に京都六条長講堂で行われた法会などが著名。
(大辞林より引用)
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