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私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション19『運(うん)』





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セレクション19『運(うん)』

                                                                                                      

と言えば、昔大学で受けた講義を思い出す。
何の講義だったかは覚えてない。確か適当に入れた穴埋め講義で、その時も単なる暇つぶしで行っただけだったと思う。
講師は若い男性で、ひょろっとした体型に眼鏡とボサボサ頭という、如何にも助手ですよ、と言う感じの人だった。
『今日は人が多いですね。雨が降っているからかな?こんな日に授業に来なくてはいけないなんて、あなた方はが悪かったですね』
確かこんな感じのことを、ニコニコしながら言ってた記憶がある。その言い方にムカッとしたから、良く覚えていた。
『と、言う訳で、本日はその『』について講義をします』

そうやって始まった『』についての講義の内容を細かく話すことは、まあ昔の話だから無理だが、おおよそは次のようなことを話していた…と思う。


』や『命』というものを、それこそ神仏や幽霊以上に確かなものとして信じている方は多いと思います。
しかし、それらを事実のみに限定して分析すると、面白い事が解ってくるのです。
まず始めに、何か命的な出来事を想定しましょうか。
…そうですね、例えば真田くん、君がずっと欲しかったフィギュアを偶然リサイクルショップで見つけ、手に入れたとしますか。これをあなたは命的な出来事と…ええ、思いますよね。
しかしこの事象を事実のみに限定して考えると、それは単に『そのフィギュアを誰かがリサイクルショップに売り付け、真田くんがそれを見つけて買い取った』だけですよね。
そこには関係者以外の介入も無く、ましてや何の神秘的な力も関わっていません。
ただ、真田くんは『タイミングが良かった』もしくは『普段から探す努力をしていた』からこそ、そのフィギュアを手に入れる事が出来た訳ですね。
でも、真田くんはそこに命的な何かを感じ取った。何故か。
答えは一つ。『予測不可能な突発的事象に対する精神的衝撃が大きかったから』なのではないでしょうか。
ではなぜ『予測不可能』であったのか。
……これも難しい話では無いですね、『主観的不可視の出来事が介在していたから』となる筈です。
則ち『命』と言うのは単に、『自分の見えない所で起こっていた事象を認識出来なかった為に、その事象を要因とする新たな事象が自分の身に降り懸かった時に受けた衝撃を理解するために造られた言葉』である、と。
これは他の命を感じさせる事象についても同様です。
と言う事は、『』や『命』とは、『神』や『幽霊』のような『目に見えないものに対する畏怖の念』から生まれた存在とまったく同じ起源を持つ…まあ、かなり曖昧で、抽象的なものなんだとは思いませんか?

まあ要するに、私が伝えたい事は、
命などと言う、人間が勝手に名付けた曖昧なものに縋り付くのは変だ』って事と、『テレビの占いコーナーのコメントって、普通に普段から注意してる事ばかり言うよね』って言う人はまさしく勢の本質をついている、と言う事です。

自分からは見えない出来事にまでアンテナを広げ、素早く行動すること。
これが、に打ち勝つ…言わば『強を手に入れる』最良の方法なんでしょうね。」

もうひとつ、覚えていた事があった。

講義が終わった後、私はその講師を追い掛けたのだ。
「なんでしょう?」と首を傾げる講師に、私はずっと聞きたかった事を口にする。
「先生は結局、命を否定しているのですか?」
すると、彼はにっこり笑って、
「この世界では、全ての出来事が連鎖反応的に繋がっています。そしてそこにはただ、事実しか存在していません」
「てことは…?」
命なんて、どうでもいい事でしかない、って事ですよ」
そう言って彼がしんそこ楽しそうに笑っていたのを、今でも覚えている。




その彼と結婚してはや15年。

もしかしたらこれこそ命だったのではないか――
と私は今でも思っている。


『運(うーん)』
 1 人の身の上にめぐりくる幸・不幸を支配する、人間の意志を超越したはたらき。天命。運命。「―が悪い」
 2 よいめぐりあわせ。幸運。「―が向いてくる」「―がない」

(大辞林より引用)

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