私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション28『鬼(おに)』
セレクション28『鬼(おに)』
「鬼の始まりってさ、縄文人なんじゃないか、って思うんだ」
眼鏡を掛けてパソコンに向かっていた良介が、ふと思い出したかのように私に語りかけてきた。
「卒論の話?私は専門外だから良く解らないけど……」
相向かいに座って持ち帰った書類を眺めていた私も、良介に目を向けずに応える。
「うん。いや、鬼ってさ、怖くて残忍な異種族のイメージから作られた架空の存在じゃない?で、これまでは日本に流れてきた異人が正体かも、って言われてたけどさ、なんかそれもしっくり来なくてね」
「はあ、まあ、良く解らないけど」
私の曖昧な返事を気にせず、彼は続ける。
「で、ふと思った訳だ。『もしかしたら、弥生人がその勢力を拡大していた頃、先住の縄文人をそんな風に恐れていたんじゃないかな』って」
彼の話が熱を帯びてきたので、私は仕事の手を止めて彼を見た。
「でもちょっと待って。弥生人って縄文人より良い武器を持ってたから、あっという間に縄文人を北の方に追い出したんじゃ無かったっけ」
「そうだよ。大体は合ってる」
「なら、何で弥生人が縄文人を怖がるのよ」
私の問いに笑顔を返す彼。
ヤバい、話が長くなる。
「あのさ、今風に考えてみてよ。さあ農業をしようと新天地に来た人達が、自分達よりも先に来て我が物顔をしている猟師の団体に出くわしたら、しかも自分達よりも体格は良いし、顔付きも違う、話も通じないとすれば、まず感じるのは恐怖じゃないかな。何されるか判らないって言う」
「まあ、うん」
彼の勢いにたじろぐ私。
「恐怖から脱出出来た人は、対抗する武器のレベルアップに努め、成功し、結果的になんとか彼等を北の果てに追い出す事に成功した訳だ」
あれ?それおかしい。
「え?じゃあなに、その言い方だと、弥生人は最後まで縄文人達を恐れていたみたいじゃない」
「うん。だってさ、そもそも、狩猟民族に農耕民族がぶつかって勝てる訳無いじゃん」
「あ…」
言われてみれば、確かに。
「だから、追放するのがやっとだったと思うよ。そして、追放してからも、縄文人への畏怖を忘れなかった」
彼の話に違和感は感じない。
「で、弥生人の血を引く本州の日本人には、その畏怖だけが受け継がれて、今の鬼伝説に繋がる…って訳ね」
私の答えに、彼は優しく微笑んだ。
「そうです。ご明察」
よし。
私は一人納得すると、彼に向かってニッコリと笑った。
「はい、もう良いでしょ?仕事中だから良い子にしててね」
彼は一通り話終えて満足したのか、「はーい」と素直に頷くと、再びパソコンと格闘し始めた。
ほんとかわいいんだからこの、メガネ男子め。
私はため息を吐くと、改めて手元の仕事に集中した。
人生とは、分からないものだ。
まさかこんなたわいもない話が、この後あんな事件の引き金になるとは、私も彼もまったく予想できなかった。
(1112文字)
『鬼(おーに)』
《「おん(隠)」の音変化で、隠れて見えないものの意とも》
[名]
1 仏教、陰陽道(おんようどう)に基づく想像上の怪物。人間の形をして、頭には角を生やし、口は横に裂けて鋭い牙(きば)をもち、裸で腰にトラの皮のふんどしを締める。性質は荒く、手に金棒を握る。地獄には赤鬼・青鬼が住むという。
2 《1のような人の意から》
㋐勇猛な人。「―の弁慶」
㋑冷酷で無慈悲な人。「渡る世間に―はない」「心を―にする」
㋒借金取り。債鬼。
㋓あるひとつの事に精魂を傾ける人。「仕事の―」「土俵の―」
3 鬼ごっこや隠れんぼうで、人を捕まえる役。「―さん、こちら」
4 紋所の名。鬼の形をかたどったもの。
5 目に見えない、超自然の存在。
㋐死人の霊魂。精霊。「異域の―となる」
㋑人にたたりをする化け物。もののけ。
「南殿(なんでん)の―の、なにがしの大臣(おとど)脅かしけるたとひ」〈源・夕顔〉
6 飲食物の毒味役。→鬼食(おにく)い →鬼飲(おにの)み
「鬼一口の毒の酒、是より毒の試みを―とは名付けそめつらん」〈浄・枕言葉〉
[接頭]名詞に付く。
1 荒々しく勇猛である意を表す。「―将軍」
2 残酷・無慈悲・非情の意を表す。「―婆(ばば)」「―検事」
3 外見が魁偉(かいい)・異形であるさま、また大形であるさまを表す。「―歯」「―やんま」
(大辞林より引用)
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