私的国語辞典_表紙絵2

私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション5『姉(あね)』

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セレクション5『姉(あね)』

「行ってきます」

凛々しい軍服に身を包み、父親や伯父に最敬礼をするを見て、僕は悲しみを覚えた。

何故我がが死地に向かわねばならないのか。
既に妙齢の女性は尽く戦争に駆り出されているとは言え、は他の女性と違って肉体労働は向いてないのに。
僕はそんな想いを顔に出さないよう必死に笑みを浮かべながら、皆からバンザイ三唱を受けているを見つめていた。

ことの始まりは、明治維新の事だったらしい。
江戸の頃に散々虐げられてきた女性が、黒船と共にやって来た外の知識を得て、女性復権の名の元に幕府に対し一斉蜂起をしたらしい。

らしい…と曖昧に語るのを許して欲しい。
何せ100年近く経った今では、男性は家を守る事が第一となっているため、学業一切を禁じられているから、真実を知る術が無いのだ。
今回の戦争も、世界の男尊女卑を無くすためだ…とか言うお題目の元に大陸への侵略を推し進めてきた結果らしいのだが、僕や父親にはお国の言う『男尊女卑の権化』である大国メリケンと開戦した…と言われても、さっぱりその実感が沸かない。

ただひとつはっきりとしているのは、これで僕達の村から妙齢の女性が居なくなった…と言う事だけだ。

昨夜、が僕に告げた事を思い出す。

『いいかい、良くお聞き。…恐らくこの戦争は負ける。負けたらきっと、この国の女性は危険分子として処分され、他の国から新たな女性が大量に連れて来られる事だろう。…良いかい、どんな事になっても、自分が日本人である事を忘れちゃいけないよ』
の、まるで遺言のような言葉を思い出し、僕はまた泣きそうになる。
そんな僕の様子を見て、父親がそのかさかさした手で優しく頭を撫でてくれた。

父親の手。
家事ですっかり手が荒れてしまったその手は、が大好きだった手だ。
僕はこれから、一人でこの手を守らなくちゃいけないのだ。
しっかりしないと。

僕は溢れそうになる涙を堪え、汽車の窓から僕達を見詰めるに微笑む。

どうか無事に帰って来てくれる事を願いながら。


『姉(あーね)』
 1 きょうだいのうち、年上の女。⇔妹。
 2 《「義姉」とも書く》妻や夫の姉。また、兄の妻。義姉(ぎし)。
 3 (「あねさん」などの形で)女性を親しんでいう語。

(大辞林より引用)

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