私的国語辞典_表紙絵2

私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション32『傘(かさ)』

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セレクション32『傘(かさ)』


気がつけば、彼はを右手に持ったまま駆け出していた。
傘を差す人の波を器用にかい潜りながら左手に持った携帯電話を開くが、やはり蘭花からの連絡は無い。
彼は叫び出しそうになるのを堪え、ただひたすら駆け抜ける。

少し前にこちらから掛けた何回目かの電話も彼女は出る事が無く、機械的な留守番メッセージが流れただけ。

彼女はどんな時でも電話には出てくれるはずなのだ。
そういう女なんだ。
やはり何かが彼女の身に起こったのだ。

彼の脳裏には蘭花に対する漠然とした嫌な予感だけが渦巻き、彼女を失う可能性に震えを覚え、だからこそ彼の駆ける速度は更に上がっていく。

まるで彼が部屋に向かうのを邪魔するかのように、雨が濡れた服を身体に張り付かせる。
既に息も上がり、脚の筋肉が至る所で悲鳴を上げているが、それでも彼の脚が停まる事は無かった。

『……わかった。とりあえず蘭花の部屋に行ってみる。……碧維、覚悟しときなさいよ、ただじゃ置かないから』
ついさっき携帯電話から聴こえてきた瑠璃の怒気を含んだ声が思い出され、彼の苛立ちも頂点に達する。

「……ああもう!分かってるよ!くそっ!蘭花っ!」

彼は前方に目的のデザイナーズマンションが見えたのを確認すると、狼のような鋭い眼で目の前のガードレールを軽々と飛び越し、彼は更に速度を上げた。 


※ 著者駐
 普段この『私的~』については注釈を入れることはしないでいるのですが、この作品については一つだけ。
 この作品、初出が2011年7月なんですが、実はこれがショートセッションの1作目なのです。
 元ネタはMiyuさんの書かれている『FAITH』シリーズ。
 このセッションがきっかけで書いた長編『Mosaic』も、いずれこちらにアップしていく予定です。
 ちなみに元のシリーズはたぶん、いずれMiyuさんがこちらにアップされていくことと思います。……たぶんですが(^_^;)


『傘(かーさ)』
 《「笠」と同語源》
 雨・雪・日光などがじかに当たらないように、広げて頭上に差しかざすもの。竹や金属の骨に紙や布をはり、柄をすえて開閉ができるようにしたもので、「笠」と区別するために「さしがさ」ともいう。「―を差す」

(大辞林より引用)

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