私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション87『茣蓙(ござ)』
作者駐:
『私的国語辞典』は、基本的には全文無料で閲覧が可能です。ただ、これらは基本『例文』となっておりますので、そのほとんどが未完となっています。
基本的にそれらの『例文』は続きを書かないつもりではおりますが、もしどうしても続きが気になる方は、投げ銭して戴ければ有料部分に続きを執筆いたしますので、よろしくお願いいたします。
セレクション87『茣蓙(ござ)』(726文字)
ふと目が覚めた僕は、視界にぼんやりと写る天井の木目を見て、同じくぼんやりとした頭で昨日から祖母の家に来てたんだっけ、と思い出した。
彼女にふられ、仕事も上手くいかなくて、逃げ出すように車を走らせた昨日。何かに縋り付くようにたどり着いたのが、なぜかこの家だった事に、思わず苦笑いが漏れる。
「あ、起きたかい?」
居間の方から叔母さんの声が聞こえてきて、僕は起きました、と応えた。
「良く寝たねぇ。もうすぐお昼にするから、おばあちゃんに挨拶してから縁側で待っとって」
叔母さんの明るい声にはあい、と応えた僕は、のそのそと起き上がって布団を畳み、隣の仏間に移動する。
祖母の位牌が置かれた仏間は、縁側が好きだった祖母のためにいつも南側の障子が開かれていて、眩しい日の光が仏間の奥まで差し込んでいた。
「ばあちゃん、あったかそうだな」
僕はぽつり、とつぶやいてから、亡くなって5年も経ってるのに、と自分自身にツッコミを入れ、仏壇の前に座った。
叔母さんが毎日手入れをしているのか、仏壇は埃一つない。
僕は祖母に手を合わせておはよう、と挨拶をすると、ゆっくりと立ち上がり、素足でぺたぺたと仏間を横切る。
夏の蒸せるような熱い空気を身体で感じながら縁側に出た僕は、叔母さんに言われたとおりに縁側の縁に座ると、そこから見える風景をぐるりと眺めてみる。
雲一つない青空と家庭菜園、そして見下ろした先には、敷かれた使い古しの茣蓙と、そこに敷き詰められた真っ赤な小豆たち。
「そっか、叔母さんか」
5年前までは祖母が独りで作り上げていた日常が今もこうして静かに続いていたことに、僕は何となく嬉しくなった。
「ばあちゃん、みんな元気だよ」
僕は静かにつぶやくと、抜けるような青空に向けて、大きく伸びをした。
(726文字)
『茣蓙(ごーざ)』
《「御座むしろ」の略。また、御座に敷くむしろの意からという》藺草(いぐさ)の茎で編んだ敷物。うすべり。
(大辞林より引用)
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