私的国語辞典_表紙絵2

私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション88『越す(こす)』

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作者駐:
 『私的国語辞典』は、基本的には全文無料で閲覧が可能です。ただ、これらは基本『例文』となっておりますので、そのほとんどが未完となっています。
 基本的にそれらの『例文』は続きを書かないつもりではおりますが、もしどうしても続きが気になる方は、投げ銭して戴ければ有料部分に続きを執筆いたしますので、よろしくお願いいたします。
セレクション88『越す(こす)』(674文字)



「ちょっと修一、待ちなさい!」 

早足で校門を抜けようとした彼を、校舎から全速力で追いかけてきた一人の女子が呼び止める。 
彼は舌打ちをしつつ、ぴたりと足を止め振り向く。 

「引っ越すってなに?!私何も聞いてないよ?!」 
「え?そりゃあ、言ってないし」 

彼が不思議そうに切り返すのを見て、彼女の顔が一気に紅潮する。 

「なんでよ!私たち、付き合ってるんじゃなかった?!」 

きっ、と睨みつける彼女に、彼はきょとんとした顔で、そうだよ、とうなずく。 

「ならなんで言わないのよ!いくら私が付き合ってるの内緒にしてくれ、ってお願いしたからって、そんな事まで内緒にしなくたって」 

いいじゃないのよう、と言い終わらないうちに、彼女は人目も気にせずわんわんと泣き出してしまった。さてそこで慌てたのは彼の方だ。 

「いや、あのね?」 

彼は宥めるように声をかけるが、彼女は首を振って聞く耳を持たない。 
彼は彼女の様子に、困ったように頭をポリポリとかいた。 

「まいったなあ。せっかく驚かそうと思ったのに」 
「お、驚かす、ってなによう」 

彼のつぶやきに、彼女が泣きじゃくりながら問い掛ける。 

「いや、引っ越す先がさ、近くなんだよ」 

「……え?」 

彼の答えに固まる彼女。 

「しかも、茜ん家の真向かい」 

「え?ええ?!」 

目を丸くする彼女に、彼はさらに畳み掛ける。 

「しかもうちの親公認」 

「えあ?こ、こう……」 

「さらに、既に茜のご両親に挨拶済み」 

「うあ、うちも公認?!」 

まさしく開いた口が塞がらない彼女に、彼はのほほんとした笑顔を見せた。 

「ね?サプラ~イ……」 

彼が最後まで言い切る前に彼女のグーパンチが飛んだのは、言うまでもない。 

(674文字) 


『越す(こーす)』
 [動サ五(四)]
  1 (越す)ある物の上を通り過ぎて一方から他方へ行く。また、難所や障害となるものを通って、その先へ行く。「塀を―・す」「難関を―・す」「峠を―・す」
 2 数量・程度がある基準以上になる。「一万人を―・す応募者」「気温が三〇度を―・す」
 3 (越す)ある時期・期間を過ごす。「年を―・す」「還暦を―・す」
 4 (越す)追い抜く。「先を―・される」
 5 (「…にこしたことはない」のように打消しの表現を伴って)…するのがいちばんよい。「早いに―・したことはない」
 6 (越す)
  ㋐別の所へ移って住む。引っ越す。「新居へ―・す」
  ㋑(「おこし」の形で)「行く」「来る」の意の尊敬語。「どちらへお―・しですか」「またお―・しください」

(大辞林より引用)

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