私的国語辞典_表紙絵2

私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション17『梅(うめ)』



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セレクション17『梅(うめ)』


                                                                                                                                         

私が毎朝通る道の途中に、一本のの木があった。
普通の、なんて事のない家の庭先にある、あまり目立たない、私の背丈位の小さな木だ。


私は花が咲く頃になると、毎朝必ずこの木に軽く会釈をして通り過ぎる事にしている。

――いや、違うか。
この木にではなく、の花をいつも愛しげに見上げていた老人に、私は会釈をし続けているのだ。


『この木はな、家内が亡くなる前に植えたヤツでな』

いつの頃だったろうか、不思議に思って声をかけた私に、照れ臭そうに答える老人の声が脳裏を過ぎる。

『私の一部をここに置いていくからね…なんてよ。俺が庭弄りを面倒臭がってるもんだから、そう言やあ渋々でもやるだろう、ってさ。馬鹿だよな』

そう言って悲しげな笑みを浮かべる老人の姿を思い出すと、今でも胸が締め付けられる。

『……あいつの遺したものを、ほったらかしておくなんて出来る訳無いのによ』


その老人も2年前にお亡くなりになり、もう彼の姿を見かける事は無くなった。
私は今日も、の木に軽く会釈して駅に向かう。
の木に寄り添うように植えられている苗木が、まるで手を振るように、風で小さく揺れていた。


『梅(うーめ)』
 1 バラ科の落葉高木。葉は卵形で縁に細かいぎざぎざがある。早春、葉より先に、白・淡紅・紅色などの香りの強い花を開く。実は球形で、6月ごろ黄熟し、酸味がある。未熟なものは漢方で烏梅(うばい)といい薬用に、また梅干し・梅酒などに用いる。中国の原産で、古くから庭木などにし、品種は300以上もあり、野梅(やばい)系・紅梅系・豊後(ぶんご)系などに分けられる。松や竹とともにめでたい植物とされ、花兄(かけい)・風待ち草・風見草・好文木(こうぶんぼく)・春告げ草・匂い草などの別名がある。《季 春》「二もとの―に遅速を愛すかな/蕪村」
 2 梅の実。実梅。《季 夏》
 3 襲(かさね)の色目の名。表は白、裏は蘇芳(すおう)。うらうめ。
 4 紋所の名。梅の花・裏梅・向こう梅など。

(大辞林より引用)

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