私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション70『暮れ(くれ)』
セレクション70『暮れ(くれ)』(691文字)
――またいつものように佐伯に呼び出された俺は、これまたいつものようにファミレスで奴と待ち合わせし、乗り気じゃないままもうすっかり馴染みとなったその店に向かった。
ファミレスに入ると、驚くべき事に奴がすでに店に居て、ニコニコと手を振っている。
果てしなく嫌な予感を覚えたが、来てしまったものは仕方がない。
俺は深々とため息をついて、奴の居る席に向かった。
「おう悪いな、手間取らせちまって」
「悪いと思ってるなら呼ぶなよ。……で、用件は?」
いきなり本題に入ろうとする俺に、まあ飯でも食おうや、とメニューを手に取る佐伯。
「てめ、この暮れの忙しい時に、悠長に飯なんて食ってられるか」
「まあまあ、あんまカリカリしてっと、モテねえぞ」
モテねえのは昔からだ、とぼやきつつ、奴から手渡されたメニューを渋々開き、やって来た店員にハンバーグセットを頼んでメニューを戻す。
「ああ俺、ステーキ重ね」
ほお、ステーキ重か。
「ってお前、金あんのか」
「ああん?金か?まあ気にすんな」
平然とした顔で返す佐伯。
気にするよ普通。
まあ良いけど。
数分後。
それぞれの前に置かれた晩飯を食べつつ、俺は奴に再び尋ねた。
「で、用件は」
俺の問いに、何故か照れ臭そうに笑う佐伯。
「いや実はな」
「ああ」
「……いやどうすっかな、照れるわ」
うわめんどくせえ。
「良いから話せ」
俺の苛立った声に気づいたのか、奴は仕方ないな、と言わんばかりに口を開いた。
「俺な、ラッパーになるわ」
うわ、めんどくせえ話振ってきたよ。
そのままハリウッドデビューまでの道のりを熱く語り続けた佐伯の話を聞き流しながら、心の底から、 来年は絶対コイツと縁を切るぞ、と固く誓っていた。
(691文字)
『暮れ(くーれ)』
1 太陽が沈むころ。夕暮れ。また、日の暮れること。「日の―が早まる」⇔明け。
2 ある期間、特に季節の終わり。「秋の―」
3 年の終わり。年末。歳末。「―も押し詰まりまして」《季 冬》
(大辞林より引用)
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