私的国語辞典~二文字言葉とその例文~ セレクション69『栗(くり)』
セレクション69『栗(くり)』(500文字)
「すまんね、……っごほっごほっ、見舞いに来てくれたのに、何も出せなくて」
栗が申し訳なさそうに言うと、寝込んでいる彼を心配そうに覗き込んでいた臼が、その大きな手を器用に使って、栗の小さな布団をそっと引き上げた。
「気にするな。まずは元気になる事だ」
「元気に……か」
彼の労いの言葉に、栗は苦笑しつつ天井を見上げる。
「なあ、他の連中はどうしてる?蟹や蜂は元気か?」
栗の問いに、臼は複雑な表情を浮かべた。
「もう亡くなったよ。それぞれのやるべき事をやって、安らかに息を引き取ったらしい」
臼の話に、そうか、と返事をして、栗は静かに目を閉じる。
臼は話を反らすように顔を上げ、部屋の中を見回した。
「なあ栗よ、家族はどうした?」
「家族?居ないよ」
臼の問いに、さも当然のように栗が答える。
「もともと僕は栗だからな。それに……」
「それに?」
「僕等は一度弾けるまで火の中に居たら、子供を作れなくなるからな」
臼は栗の言葉に目をむく。
「ならば、お前さんはそれを分かっていて、あんな無茶をしたのか」
栗はふっ、と薄く笑みを浮かべ、臼を見つめる。
「あのバカザルを懲らしめられたんだ、悔いはないさ」
栗は呟くように言うと、静かに目を閉じた。
(500文字)
『栗(くーり)』
ブナ科の落葉高木。山地に生え、葉は長楕円形で先がとがる。6月ごろ、黄白色のにおいの強い雄花の穂をつけ、その基部に雌花をつける。種子はふつう3個、いがに包まれた実を結ぶ。種子は食用、材は枕木や建材に、樹皮・いがは染料に用いる。品種が多く、果樹として栽培。クリ属には12種があり、甘栗で知られるチュウゴクグリや、ヨーロッパグリ・アメリカグリなどがある。《季 実=秋 花=夏》「―食むや若き哀しき背を曲げて/波郷」
(大辞林より引用)
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